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2007_オシム日本代表・・オシム日本代表は、正しいベクトル上に乗って発展をつづけている・・(日本対スイス、4-3)・・(2007年9月11日、火曜日)

「たしかに、前半と後半では内容に大きな違いがあった・・後半の我々は、明らかにペースが落ち、日本に主導権を握られた・・それについては、ミスも大きな原因だろう・・ただミスについてはビデオを見て分析しなければならないから、ここで選手一人ひとりについてコメントすることは避けたい・・また、日本にゴールを奪われたことが心理的なプレッシャーになったという側面もあるだろう・・また、我々の選手交代がネガティブな影響を与えたということもある・・」

 スイス代表クーン監督の弁。そこでのテーマは、ゲームの流れの明らかな変化というサッカー的な現象でした。

 要は、前半25分あたりを境に、それまで完全にスイスに主導権を握られ、2-0というリードまで奪われていた日本代表が、急激にサッカー内容をアップさせ、ゲームの主導権を奪い返していった「現象」についての考察です。

 ジャーナリス仲間の一人は、「あれだけ最初から飛ばしたら、スイスのペースが落ちてしまうのは当たり前だよ・・」と言う。さて、そうだろうか。「あの」スイスが、そう簡単にフィジカル的に(要は物理的に)ダウンしてしまうものだろうか。私は、そうではなく、明らかに心理的なせめぎ合いがあったと思っています。心理的なせめぎ合いで日本が押し返したからこそ、スイス選手を擬似の悪魔のサイクルに陥れて足を止まり気味にしたということです。

 「立ち上がりの日本代表は、相手をレスペクトし過ぎていた(相手に対して敬意を払いすぎていた・・ちょっと恐れていた!?)・・それには、スイス対チリのゲームで、スイスが素晴らしいサッカーを魅せたこともあった・・それが、彼らに対する、必要以上の敬意の背景にあったのかもしれない・・だから足が止まり気味になった・・それでも、前半25分を過ぎたあたりからは、日本も巻き返しはじめた・・そして、その流れが逆転につながった・・正直、ここまで良い結果を残せるとは思わなかった・・チームとしてのまとまりの証明だと思う・・満足している」

 オシム監督は、最初そんなことを言っていた。それに対して、「前半25分を境に、ゲームの内容が、日本チームにとって大きく好転した要因は?」という突っ込んだ質問に対して、こんな分析を披露してくれました。

 その背景には、複合した要因がある・・スイスが早い時間帯で二点をリードしたということもあるだろう・・それで彼らは安心し、プレーペースが落ちていったという側面もあるということだ・・たしかに後半になって日本が(もっと)ペースアップしたわけだが、実際には、前半25分あたりから既に、日本代表の本物のペースアップがはじまっていたのは確かな事実だ・・それには錯綜した要因がある・・。

 ということで私の分析です。

 立ち上がりのスイスは、素晴らしい組織ディフェンスを基盤に、ガンガンと日本を押し込んできました。とにかく組織的なプレッシングが、本物のフットボールネーションを感じさせてくれる。ボールを奪い返してからの攻撃でも、とにかく人とボールを軽快に動かしつづけるのですよ。そして、効果的にスペースを活用しながら、両サイドからの超速スピードコンビネーションを駆使して攻め込んでくるのです。

 左サイドのマニャン(3番)、右サイドのベーラミ(19番)とフォンランテン(28番)のコンビが、素晴らしいスピードを駆使して仕掛けてくる。最初は、マニャンのワンツーからの突破に、中村俊輔がまったくついていけずにブッちぎられて大ピンチに陥った。次には、日本の左サイドをベーラミとフォンランテンのコンビにズタズタに切り裂かれる。たしかにスイスのゴールはフリーキックとPKからだったけれど、全体的には、流れのなかでも「かなりやられていた」と言わざるを得ませんでした。

 そんなスイスに対して、まさにタジタジの日本代表。オシム監督が言っていたように、完全にビビりまくっていた。それは確かな事実です。だから、(様子見になって)足が止まり気味になり、チェイス&チェックもままならなくなった。だから、まったく守備の起点を演出することが出来ず、スイスに、クルクルとボールを回されてしまった。鈴木啓太は一生懸命にボールを追い掛けていたけれど、それでも「次」が連動しないのでは・・。

 そんな流れが、明らかに変わっていったのが、前半25分あたりから。もちろん、日本の組織的なディフェンスがうまく機能しはじめたということだけれど、その背景にあったのは、やはりスイスのペースダウンだったと思いますよ。オシム監督が言うように、スイスのなかには、「これだったら大丈夫・・ちょっと落ち着いてゲームをコントロールしよう・・」という雰囲気が出てきたということです。そして日本が、そんな「心理的なスキ」をうまく活用した・・。

 それには、後方からのトゥーリオの叱咤も効果を発揮したかもしれない。何やってんだ!もっとマークをしっかりしろ!! もちろんそれだけじゃなく、中村俊輔、松井大輔、遠藤ヤット、そして稲本と鈴木が、最前線からボールを追い掛ける巻の動きに連動しはじめたことも確かな事実。そんな「ディフェンスプレーの有機的な連鎖」が、どのようなキッカケで効果レベルを上げていったのか・・。

 そんなことこそ、直接、選手に聞いてみたいですよね。守備がうまく回りはじめたキッカケは何だったのか・・誰かが中盤でリーダーシップを発揮したからなのか・・自分の守備プレーが積極的になったのは、誰かから具体的な刺激(文句など!?)を受けたからだったのか・・それ以外にどんな要因があったか・・などなど。

 また、そこでのゲームペースの大きな変容プロセスでは、松井の決定的なドリブルシュートも、重要な(心理的な)刺激になったと思いますよ。前半30分。鈴木啓太からの超ロングタテパスが、抜け出した松井にピタリと合う・・そこからドリブルした松井は、相手のマークを鋭いカットで切り返して決定的なシュートを放つ・・外れてしまったけれど、誰もが大きくのけぞるような絶対的なゴールチャンスだった・・そんなチャンスが、日本代表を勇気づけない(刺激しない)はずがない・・ってな具合。

 組織ディフェンスの機能性アップには、鈴木啓太&遠藤ヤット&中村俊輔という、いつものダイナミック・トリオだけではなく、稲本潤一や松井大輔も大きく貢献していた。

 稲本潤一のパフォーマンスアップについては、やはり相手が強いということを背景要因に挙げなければならないでしょう。相手が強いからこそ、必死にディフェンスをやらなければならない・・そこでは、オーストリア戦のように、格好いいボール奪取ばかりを狙うような無為な様子見をしているヒマなどない・・そんな積極的なディフェンスこそが、彼の攻撃でのパフォーマンスを自然にアップさせていった・・ということです。

 この試合での稲本は、攻守にわたって、しっかりと主体的に「仕事を探しつづけて」いたと思いますよ。ということで、この試合でのパフォーマンスが、これからの彼に対する評価の「基準」になるということです。とはいっても、私は、まだまだ大いに不満だけれどね。彼ならば、もっともっと出来る。もっともっと、守備において、しっかりと仕事を探しつづけなければならないと思うのですよ。

 やはり、全てのスタートラインは守備にあり・・なのです。高い守備意識を基盤にした勇気あるディフェンスプレーのみが、次の攻撃プレーに「実」を詰め込んでくれるというわけです。もちろん、「オレはボール奪取でも大きく貢献しているんだ!」という自信アップという心理的な要因も含めてね。

 ところで、相手がスイスという強豪であるという事実に、もっと目を向けましょう。

 相手が強いから・・ということは、松井のパフォーマンスアップの背景としても挙げられるよね。もちろん、ここ2日間のトレーニングでの、オシム監督の「イメージ作り」が功を奏したとも言える。それについては、昨日のコラムを参照してください。

 とにかく松井は、攻守にわたる(汗かきも含む)組織プレーに全力を傾注できていたからこそ、自分の持ち味であるドリブル勝負にも「効果的に」臨んでいくことができたのですよ。そう、シンプルなタイミングでの人とボールの動きに「乗れていた」からこそ(要は、しっかりとボールがないところで動けていたからこそ!)、スペースにおいて良いカタチでボールを持ち、余裕を持ってドリブル勝負を仕掛けていけたということです。それにしても、あのPKを取った場面でのフェイント&カットは見事だった。

 そうか・・稲本や松井だけじゃなかった。これまで、左サイドの「フタ」に成り下がることの方が多かった山岸智にしても、交代出場してから、攻守にわたって、こちらがビックリするくらい優れたパフォーマンスを披露したんだっけ。ホント、ビックリした。

 強い相手と試合することは、こんなにも多くのポジティブな効果をもたらしてくれるのですよ。だから、オシム監督に、こんなことを聞いてみた。「オシムさんは、大会前に、今回は、ヨーロッパにおける日本サッカーの存在感を(日本サッカーに対する評価を)アップさせるためにも、内容が問われると言われた・・そして、その言葉どおり、素晴らしい内容のサッカーを展開しただけではなく結果もたたき出した・・これで、これからの日本のマッチメイクにとって、状況は大きく好転したと思うのだが・・」

 それに対してオシムさんは、「たしかにそうかもしれないが、我々は、アジアでの予選を戦わなければならない・・アジアの国々、中東、旧ロシア諸国、そしてオーストラリア・・すべての国が、高いモティベーションでギリギリの闘いを挑んでくる・・そこでの日本は、孤独な闘いになるだろう・・実力を伸ばしているのは日本だけではない・・良い監督を世界から招聘している中東やアジア諸国も、どんどん発展している・・」など、ハナシを大きく発展させてしまった。まあ、そのテーマも面白いけれどね。

 とにかく、強い相手とシリアスな「心理環境」で勝負マッチを闘うことほど効果的なトレーニングはない・・ということが言いたかったのですよ。何せスイスとオーストリアは、来年のヨーロッパ選手権の開催国ということで、予選が免除されているからね。彼らにとっては、全てのフレンドリーマッチが、ものすごく重要な意味を持つのです。もちろん、チーム内の競争を活性化させるチームマネージメントというニュアンスも含めてね。

 さて、最後の最後になりましたが、中村憲剛についても一言。

 ロスタイムになってからグラウンドに登場した憲剛。最初のプレーは、完璧なミスパスでした。そのときの彼の気持ちは、まさに地獄へまっしぐらだったことでしょう。それでも彼は、責任を果たすぞ!と、全力で戻って再びボールを奪い返し、次の攻めの流れを組み立てた。ガンガン走りまくる憲剛・・シンプルタッチでボールを動かしつづける・・。そして、その流れの最後に、ズバッというサイドチェンジパスを、これまた忠実に、ボールがないところで動きつづけていた山岸へピタリと合わせるのです。

 そして山岸が、これまでとはイメチェンの「勇気と責任感」をもって一発勝負にチャレンジし、素晴らしいクロスボールを折り返すのです。そのボールをファーサイドで受けたのが中村憲剛だったのですよ。そして素早くシュートを放つ。そして、そこでこぼれ多ボールを矢野貴章がゴールに叩き込んだという次第。決勝ゴ〜〜ル!!!

 この一連のプレーでは、そのすべてのポイントに中村憲剛が絡んでいた。最初のミスから(地獄から)決勝ゴールの立役者(天国)へと上り詰めた中村憲剛。素晴らしいの一言じゃありませんか。

 交代出場した次の瞬間から、自分のベストパフォーマンスを絞り出し、そしてチームに実効ある貢献をする。インテリジェンスと強烈な意志の為せるワザとしか言いようがありません。敬服します。

 あっと・・。このところ、中村俊輔とか遠藤ヤットとか、はたまた鈴木啓太についての記述が少ないというクレームが多く寄せられています。彼らの攻守にわたるパフォーマンスは、期待通りの高みで安定しているからネ・・。とはいっても、たしかにレポートで触れないのはアンフェアかもしれません。分かりました・・。来週日本に帰国してから、ビデオを見て、彼らのプレーのポジティブコンテンツと課題などをピックアップすることにしましょう。

 一気に書いたけれど、日本は一対一では勝てない・・だからこそ数的に有利な状況の演出がテーマ・・組織力とコンビネーション・・相手よりもよく走ることにこそ重要な意味がある(オシム監督の表現)・・などなど、まだまだポイントはたくさんありました。でも今日は、こんなところで勘弁してください。ではまた、帰国してから・・。

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