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準々決勝、一日目(フランス対イタリア、ブラジル対デンマーク)(1998年7月3日)

 サンドニ競技場は近いので地下鉄で行くのが一番便利です。ただその「メトロ」の中で、スリの被害にあったイングランド人の親子に遭遇しました。

 10歳くらいの男の子が、父親に、彼のポシェットを指さしています。それは開いたまま。驚いた父親が、中を探り、ビックリした表情で、近くの友人たちに叫ぶように話しかけます。

 「やられた! 財布がスられてしまった!」  そして近くをキョロキョロ。英語ですから、周りのフランス人は反応しませんが、その挙動から、スリに遭ったことは察したようで、気の毒そうに彼を見ています。本当にかわいそう。

 彼はイングランド人の例にもれず、あわてず騒がすに、何とか落ちついて対処しようとしていますが、顔を真っ赤にしていますから、その動揺は周りにいる人々にも伝わってきます。下からは、息子さんでしょうか、心配そうに父親のウデを引っ張っています。鈍い反応をする父親。本当にかわいそうで見ていられませんでした。

 ワールドカップに合わせて、ヨーロッパ中から犯罪者が集結しているということが報道されています。私の周りの報道関係者にも、白タクやスリの被害にあった人がいます。スリの徘徊するのは、主に満員の地下鉄。何人かのグループで行動します。一人が、被害者候補の注意を引きつけているうちに、もう一人がバッグなどの中身を失敬するという例の手口です。

 フランス人は、挙動のおかしなグループが満員の地下鉄に乗り込んできたら、大声で周りの人たちに注意を喚起します。実際に私も、一度だけ、「・・・!!」と大声を出すフランス人女性に遭遇したことがあります。そのときは意味が分かりませんでしたが、たぶんそれは「スリがいるから注意して!」という言葉だったのでしょう。勇気があります。それは、(エゴイズムではない)個人主義が浸透した社会だからこその、社会正義を意識したポジティブな行動だったのでしょうか・・。

 今回はポリスの検査もスムーズだし、キップ切りも「メルシ!」と親切だったのですが、それでも、あまり気持ちの良くない心理状態で、サンドニ競技場のシートに座った次第。

 さて、フランス対イタリア戦です。この試合は、「守備」において、素晴らしくエキサイティングなものでした。

 昨日の見所でも書いたとおり、イタリアは、しっかりと守って鋭いカウンターを仕掛けるという基本的な戦い方。対するフランスは、観客のほとんどがサポーターということあり、最初から勢いよく攻め込みます。

 フランスは、ジダンがチームに帰ってきたこともあり、自信をもって攻めるのですが、私が想像したとおり、ジダン抜きのプレー感覚が残ってしまいます。ステーションごとにボールが停滞してしまう傾向が抜けないのです。相手を抜き去るような勝負のドリブルをもっと頻繁に仕掛けたり、ダイレクトパスを何本もつないだり、はたまたたまには「外から」いくなど、攻撃にアクティブな変化がつけば、イタリア守備のバランスを崩すことも可能だったのでしょうが、どうしてもボールをこねくり回してしまうために「停滞」という感じになってしまうのです。

 フランスがチャンスをつくれるのは、テュラム、リザラスという両サイドバックが攻撃参加し、サイドから攻めた場合のみ(これが攻撃に変化をつけます)。それ以外は、「停滞気味のボールの動き」で中央へ攻め込み過ぎ。これでは決定的なチャンスを作り出せるはずがありません。そんなフランスの攻め方は、イタリア守備の予想通りといったところでした。

 イタリア守備は、確かに個人能力も優れているのですが、どちらかというと、それをベースにした組織守備といえるかもしれません。スイーパーのベルゴミを中心に、互いにうまくカバーリングし合い、守備の勝負の場面には必ず何人もの選手たちが一挙に集まってボールを奪い返してしまうのです。そんなふうに、フランスのスルーパス攻撃をことごとく止めてしまいます。その「読み」は、サスガに「セリエ」・・でした。

 そして、チャンスと見たら危険なカウンター攻撃を仕掛けます。ただフランスの守備ラインも世界最高レベル。何度かチャンス作りましたが、そう簡単には崩し切るところまではいきません。フランス守備は、どちらかというと「個人能力ベースのディフェンス」といった傾向があります。

 ブラン、テュラム、ドゥサイイ、リザラス、そして守備的ハーフのデシャンとペティー。彼らは、ヘディングが抜群に強いだけではなく、一人でも、相手の攻撃を止めてしまう「強さ」をもっています。

 とにかくこの試合は、フランス、イタリアの強い守備をベースにした「静かな」戦いだつたとすることができそうです。両チームともに、相手の守備を崩すまでいかないのです。見方によっては、点が入りませんし、入りそうな場面も少ないということで、退屈なゲームということになりそうですが、私はこのゲームを心底楽しみました。

 サッカーのゲームの見方は千差万別ですが、私はこの試合では、フランス守備の「個人的な強さ」、そしてイタリア組織守備の「ボールのないところでのクリエイティブな守備」に注目したわけです。

 こんな極限状態の緊張の中で、最後まで最高の集中力が切れない。それこそ「世界」の証明といった試合でした。両チームの感動的な闘いに、勝負とは関係なく、最後は自然と惜しみない拍手を送っていた湯浅だったのです。

 試合が終了した後、握手をかわし、抱擁し合う選手たち。ビアリのヘディングシュートが入っていれば・・、ロベルト・バッジオのシュートが入っていれば・・。負けたイタリア選手たちの脳裏には、そんなシーンが次々と去来していたに違いありません。それでも「世界一流同士の、紙一重の勝負」を何度も経験している彼らは、こだわっていても何も生まれないことをよく知っています。最後は、「(自分自身も含め)本当によくやったな・・」と、心から互いの健闘をたたえ合っていたに違いありません。感動的なシーンではあります。

 次に、ブラジル対デンマークの試合をテレビで観戦です。

 私は、デンマークがしっかり守ってカウンターという戦術で戦うに違いないと思っていたのですが、フタを開けてみたら、中盤から激しいプレッシャーを掛けていく攻撃的なサッカー。もちろん攻守の人数、ポジションバランスは崩れません。まあ、守備的とはいっても、それは基本的に・・ということだけで、積極的に守っていれば自然と攻めもアクティブになっていくものですからね。

 そして、そんな中盤での攻守にわたる積極プレーを展開するデンマークのブライアン・ラウドルップが、得意のサイド攻撃からの折り返しを決め、先制点までも奪い取ってしまいます。

 その後、ベベト、リバウドの連続得点で逆転したブラジルでしたが、そこからの試合展開は、両チームともに、中盤でのプレッシャーを掛け合うような、「とにかく前へ!」という攻め合いのサッカーを展開します。

 こうなったらデンマークは「ノーチャンス」と誰もが思ったに違いないのですが、ただ基本的な能力の高いブラジルに対し、デンマークが優れた組織プレーをベースに互角の「攻め合い」を展開してしまうのです。

 デンマークは何も失うものないという姿勢でプレーしています。彼らの運動量は、ブラジルのそれを完全に上回っているのです。どこまでこのペースが続くのか・・。ブラジルにリードを許してからは、完全にデンマークペースという時間帯が続きました。

 運動量が多いことは、効果的な中盤守備となって、グランド上に如実に現れてきます。デンマークのアクティブな中盤守備からの「人数をかけた」攻撃は迫力そのものです。「あの」ブラジルが、タジタジといった有り様なのです。

 そして後半5分、デンマークのブライアン・ラウドルップが同点ゴールを決めてしまいます。それは、ロベカルが、オーバーヘッドでのクリアに失敗したボールを、ブライアンが蹴り込んだゴール。それまでは、確かに勢いはデンマークですが、決定的なチャンスはほとんど作り出せていませんでしたから、そのゴールはどちらかというとラッキーだったとすることができます。ただ、ゴールはゴール。

 それからは、ブラジルが盛り返したこともあり、全体的には互角の展開。ただ、個人的な能力をベースに決定的なチャンスをつくり出すということではブラジルの方に一日の長があります。チャンスの数(チャンスになりそうな数)では、明らかにブラジルの方が有利なのです。そして、そんな拮抗した状況で、ブラジルの勝ち越し点が入ります。

 それは、リバウドの25メートルはあるロングシュート。相手が世界のゴールキーパー、シュマイケルであることを考えると、もう「ここしかない」という右隅(右のサイドネット)に飛び込む素晴らしいゴールでした。

 この後も、互いにペースを奪い合い、デンマークが最後の時間帯に二度、決定的なチャンスをつくり出しましたが、結局はゴールを奪うことができずにそのまま試合終了。

 ブラジルは、チリ、デンマークが、ともに「戦術的に互角のサッカー」をやろうとしたことで「ラッキーだった」とすることができそうです。もし彼らが、守備に人数を多く割くような守備的サッカーを意図した場合、そこは互いに世界の一流ですから、そうは簡単に最終守備ラインを崩しきるところまではいかなかったに違いありません。

 テレビ観戦だったこともあり、分析はここまでということにします。

 これで、ワールドカップの主役の二ヶ国が、フランスとブラジルに決まりました。明日は、電車でリヨンに行ってきます。ドイツ対クロアチアの試合を見るためですが、同日に行われるアルゼンチン対オランダ同様、この試合も、ものすごくエキサイティングなものになるに違いありません。

 ただ私は、試合後に、夜行でパリまで戻るつもりですから、ホームページのアップデートは、次の日になってしまうかもしれません。その時はご容赦アレ・・




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