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優勝候補のドイツが、F組の天王山、対ユーゴスラビアに登場(2-2の引き分け)(1998年6月21日)

 この試合は、パリの北、200キロくらいにある小さな町、ランスでおこなわれました。

 町自体が小さなこともあるのでしょうが、試合当日は、ドイツ人が町全体を占拠してしまったという雰囲気。町の路地に停めているクルマのナンバーは、ほとんどがドイツナンバー。またカフェも、ドイツ人でごったがえしています。もちろんその日の公用語はドイツ語ということになります。

 最初は、私にとってもまるでホームタウンという感じになっていたのですが、それでも、大声の会話や、ドイツ語の応援歌にはついていけません。カフェで簡単な食事をとり、早々にスタジアムに向かうことにしました。ただ、その店を出ようとしたとき、十人くらいのドイツ人グループの一人につかまってしまいます。彼らはしこたまビールで腹ごしらえをした後のようで、顔は真っ赤です。

 「オイ、アンタ・・昨日は残念だったな・・アッハッハ」

 このオッサン。たぶん、その前日におこなわれた日本対クロアチアか、韓国対オランダの試合のことをいっているに違いない(両試合とも、アジア勢の負け)。たぶん、私の国籍は分からないにしても、とにかくアジア人だということで、チョットからかってやろうという悪戯心だったようです。フランスの田舎町で、それもこちらはアジア人ですから、ドイツ語が分かるはずがない・・とでも思ったに違いありません。

 ちょっと、カチンときた湯浅は、その場に立ち止まり、「ところで、私がどこの国からきたのか分かりますか? たぶんアナタは、韓国と日本を区別できないんだろうけれど、昨日の試合では、残念ながらチームがバラバラになってしまったのが韓国で、クロアチア相手に、立派な戦いをしたのが日本なんですよ。私は、その立派な戦いを展開した日本人の一人なんだけれど。アナタは、日本が、想像以上によいサッカーをしたって思いませんか??」、と切り返してやったのです。

 そのときの彼らの反応・・。それはもう一生忘れません。私のドイツ語は、ほとんどネイティブと変わらないレベルにあるはずですし、訳のわからないアジア人をからかおうと思ったら、そんなドイツ語が飛び出してきたんですからね。そのグループの全員が「フリーズ」ってな感じで、目が点になってしまいます。ビールを飲みかけていた、「これこそ典型的なビール腹」というもう一人のオッサンなんかは、グラスを傾けたまま、大きな目を見開き、「異様なモノ」を見たといった表情です。

 「そうでしょ。あなた方も、日本が良いサッカーをやったと思うでしょ・・」

 たたみ掛ける湯浅の言葉に、彼ら全員が、それも同時に、コクンと頷いたのにはビックリしましたが、それでも最後には、「とにかくボクはドイツを応援するからネ」、といって店を出た次第。ア〜〜、面白かった。

 ということで試合です。

 ドイツは、第一戦の対アメリカで、後半にペースを取り戻したメンバーで試合に臨みます(ヘスラーとロイターが、ハマンとツィーゲに交替)。ただ、特に中盤の底という重要な役割を担うハマンの調子が今一つ。もう一人の守備的ハーフ、イェルミースは鬼神の活躍なのですが、どうしても中盤での守備に「穴」が空いてしまうのです。

 対するユーゴスラビアは絶好調。中盤でのアクティブ守備だけではなく、チームプレー(パス回し=中盤でのアクティブなボールの動き)と個人勝負プレーが、見事なハーモニーを奏でます。クルクルとパスが回るだけではなく、勝負の場面では、例の「バルカンのブラジル」と呼ばれた才能をベースにした見事な「個人勝負トライ」です。それにしても、ユーゴスラビアのテクニックは美しい。前半から後半の中盤にかけては、完全にユーゴスラビアのペースでした。

 特に、浦和レッズに所属する(していた?!)ペトロヴィッチ、グランパスのストイコビッチ、また、守備的ハーフのユーゴビッチや攻撃の天才ミヤトビッチが目立ちます。もちろんそれ以外のプレーヤーも、チームプレーに徹する部分と、個人勝負の部分を巧みに組み合わせ、全体として非常に美しいサッカーを演出します。見ていて楽しいことこの上ないサッカー。特に相手が、無骨なドイツですから、彼らの「美しさ」が目立つこと・・。

 普通だったら、相手にペースを握られていたとしても、失点だけは許さないドイツなのですが、この試合では、ユーゴスラビアに二点も先行されてしまいます。

 この二点とも、ドイツのゴールキーパー(ケプケ)がボールをうまく処理できなかったことから生まれてしまいます。最初は、ドイツゴール前へのミヤトビッチの「フリーランニング(パスを受ける動きのことです)」にピッタリと合ったラストパスに、ドイツGKのケプケが飛び込み、結局は後ろにそらしてしまったことで、カバーに入ったハインリッヒと一緒に、ボールがドイツゴールに転がり込んでしまうという失態です。そして二点目は、後半早々のコバチェビッチのシュートを、ケプケが掴みそこねてこぼれたところをストイコビッチに決められてしまった失点です。

 これって、本当にドイツ代表?? そんなことを感じ、かなり腹を立てていた湯浅です。先ほどのオッサン連中も同じだったに違いありません。また、後半から、ハマンに代わって登場した「ゲルマン魂の権化」、ローター・マテウスも、ドイツサッカー復活のキッカケにはなりません。このことでもフラストレーションがつのってしまいました。

 ただ、そんな停滞した状況で交替出場してきた二人のドイツ選手が、試合の流れを完全に変えてしまいます。一人が、調子の悪い左サイドバック、ツィーゲに代わって入ったタルナート。そしてもう一人が、ドイツのスターゲームメーカー、メラーに代わって登場した、キルステンです。この交替で、クリンスマンが、メラーのポジションに入り、キルステンがトップに張ることになります。

 まず、タルナートが魅せます。左サイドを、抜群のスピードとボールコントロールで、ダイナミックに突破してしまったのです。それも何度も。

 そんな「アクティブプレー」は、チームにとって非常に大きな刺激になるものです。それも、サッカーが心理ゲームであるということの証明なのですが、そんな、タルナートのダイナミックプレーが「目覚まし時計」になったのでしょう、ドイツチーム全員のプレーが、そこら辺りから、格段にアクティブになっていきます。そのことは、特に中盤でのアクティブ守備を見ていれば一目瞭然でした。やっとドイツ代表が、チームとして機能しはじめたのです。

 ここからは、もう完全にドイツペース。それまでは、本当に素晴らしいプレーを続けていたユーゴスラビアが、今度は、完全に「心理的な悪魔のサイクル」に陥り、足が止まってしまいます。そして、「スーパー刺激プレーヤー」、タルナートのフリーキックが決まり、まず一点目。ハインリッヒ(だったと思うのですが・・)の正確無比なコーナーキックに、大迫力のビアホフが合わせて二点目。たちまち同点です。

 この試合を見た方は、「あ〜、これがドイツの強さなんだな・・」と感じたに違いありません。ウマクはありません。スムーズでもありません。ただ、彼らがチームとして、攻守にわたってダイナミックに機能し始めたら、もう誰も止めるコトはできないのです。

 この試合の七割の時間帯では、ユーゴがペースを握っていました。そのときの勢いを比べた場合、ユーゴが「5」に対しドイツは「4」といったところ。ただ、ドイツがペースを握った残りの三割の時間帯では、ドイツの勢い「10」に対し、ユーゴのそれは「1」といったところなのです。それほど、二点を先取された後のドイツの迫力が、レベルを超えたモノでした。

 とはいっても、この試合で、現在のドイツ代表の大きな問題が表面化してしまいます。まず、メンバーを固定することができていないこと。また、メラー、ヘスラー、はたまたハマン、クリンズマンといった、本来はチームを引っ張っていかなければならない「主力組」の凋落です。

 ドイツが、ホンモノの優勝候補になるためには、あと何倍かは「成長」しなければなりません。その意味は、チームとしてダイナミックに機能する「固定メンバー」を探し出すことに他なりません。

 ドイツが、優勝候補として復活してくるのか、このまま調子を上げることが出来ずに消えてしまうのか・・・。

 私は、決勝トーナメント一回戦の一つに、フランス南部の都市、モンペリエ(つまり、ドイツがいるF組の一位チーム対E組の二位チーム)で行われる試合を選んだのですが、もしドイツが二位にでもなってしまったら本当にガッカリです。逆境に強いドイツ。彼らを信じようとは思うのですが・・。




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