湯浅健二の「J」ワンポイント


2008年Jリーグの各ラウンドレビュー


 

第10節(2008年5月3日、土曜日)

 

またまた組織と個のバランス感覚というテーマ(ヴェルディ対マリノス、3-2)・・中村憲剛!(フロンターレ対アントラーズ、3-2)

 

レビュー
 
 「前半の途中から、レアンドロに、サイドのスペースへ出てワイドに開くように指示を出した・・そして、そこから先制ゴールが生まれた・・またハーフタイムには、足許(へのパス)は潰されるから、とにかくスペースへ、スペースへという指示を出した・・外国人選手たちも、その言葉に納得し、応えてくれたことが後半のパフォーマンスアップの背景にあったと思う・・この勝利は本当に感慨深い・・最後の時間帯はに祈っていた・・」

 ヴェルディ柱谷監督です。内容があり味わい深いコメントじゃありませんか。そのコメントは、わたしの「こんな質問」への回答でした。

 「マリノスは、スリーバックに松田が加わることで、常に中央ゾーンを四人が固めていた・・もちろんそれは、ヴェルディの強力スリートップが、個人のチカラを前面に押し出して中央突破(ばかり)をはかってくることを想定したものだ・・そして前半途中までのヴェルディは、完全にマリノスの術中にはまっていた・・そこでのゲーム展開は、まさに、マリノスの先制ゴールを待つばかりといったものだった・・ただ前半の途中から流れが少し好転しはじめたように感じた・・そして後半は本格的によくなった・・柱谷監督は、どんなアクションを執ったのか・・?」

 実は、別の視点による質問もしようと思っていました。「柱谷監督にとってフッキは、諸刃の剣ですか?」

 要は、あまりにもフッキが自分勝手なプレーをするからです。あれじゃ、周りの味方だって、彼のサポートに回ろうなんて思いっこない。フッキがポールを持っている状況でスペースへ走っても(=組織的なスペースマネージメント=組織的なスペースの有効活用)絶対に(良いタイミングの)パスなんてもらえない。そして結局は、詰まった状況での「苦し紛れパス」を回されることで、相手の狙いすましたプレスに遭ってしまう。要は、典型的な迷惑パス・・。

 言わんとすることは、「あの」ヴェルディだからこそ、組織的な(人とボールの)動きを基盤に、もっと効果的にスペースが使えるようになったら、全体的な攻めのパフォーマンスが格段にアップするということです。そんな「正しい発展ベクトル」へ向かうプロセスを、フッキ一人で邪魔しているという「構図」なのですよ。さて・・

 それでも、柱谷監督は、辛抱強く「説得」しつづける。「ハーフタイムには、とにかくスペースを使わなきゃダメだと、ちょっと語気を強めて言いました・・」

 個人の才能は、組織プレーが機能したときにこそ、最大限に光り輝くのですよ。そのメカニズムを「あの」天才連中に納得させる作業は難しいでしょう。でも、監督として、やらなければならないことが明確なことは確かな事実だから、柱谷監督もその一点に絞り込んだ「心理マネージメント」に尽力すればいいという意味じゃ、(方向性がキチッと決まっているという意味で)仕事がやりやすいとも言えそうです。もちろん柱谷監督にとっても、願ってもない「学習機会」。普通は、「そんなタイプの機会」を得ることなんて夢のまた夢だからネ。

 とはいっても、この試合の二点目のように、中央突破コンビネーションが決まったら大変。それは、選手にとって「鳥肌が立つくらいエキサイティングな体感」だからね、一度でも体感したら、その魅力に取り憑かれてしまうのですよ。そして、「そればかり」をイメージした仕掛けを繰り返すようになってしまう。

 特に、才能がある選手たちには、その傾向が強い。でもこの試合を勝利に導いた先制ゴールと三点目は、見事な「サイド攻撃」が実ったわけで、柱谷監督も、そのシーンを、何度も何度も、繰り返し「才能連中」に見せて、イメージトレーニングを積むべきだよね。それこそが、監督の本当の意味でのウデの見せ所っちゅうわけです。

 柱谷監督にとって、脅し、すかしながら(優れた心理マネージメントによって)彼らを正しいベクトルに乗せる作業は、本当にやり甲斐のある仕事だと思いますよ。キーワードは、組織と個のハイレベルなバランス感覚・・ってなことかな。

 最後にマリノスについて。

 チーム総合力では、明らかにヴェルディよりも優れています。高い守備意識をベースにした優れた(組織的&個人的な)守備力・・(攻めでの)人とボールがクリエイティブに、そしてダイナミックに動きつづける優れた組織プレー・・そんな一級の流れのなかに、タイミングよく「勇気ある個人勝負」も繰り出していく・・。

 ヴェルディの柱谷監督が、最後の時間帯は神に祈っていたと言っていたけれど、彼も、感覚的に、マリノスの底力を体感していたということでしょう。その意味でも、ヴェルディは本当に良く勝った。

 これから等々力へ・・。後から、ヴィッセル対レッズもレポートする予定です。

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 さて、フロンターレ対アントラーズ。とにかく、フロンターレの強さばかりが際立ったゲームでした。

 「選手が『感じながら』プレーできていると思います・・堅守を基盤に、速効と遅効の使い分けをしっかりマネージできているというのが、フロンターレらしいサッカーということでしょうか・・」

 フムフム・・。「速攻と遅攻をしっかりとマネージできていると言われたが、そのキーパーソンは中村憲剛という理解でいいですよね?」。フロンターレ高畑監督のコメントにつづけて、そんな質問をしてみました。

 ちょっと考えた高畑監督。でもすぐに顔を上げ、「そうですね・・憲剛が中心になってゲームをコントロールしているということです・・」と、明確に答えてくれた。

 そう・・中村憲剛。この試合でも素晴らしい「牛若丸ぶり」を魅せつけてくれました。彼の場合は、試合を重ねるごとに着実にパフォーマンス内容を発展させているからスゴイね。

 この試合では、中盤の底にポジショニングする(要は前気味のストッパー的に機能する)菊地光将と、二列目に入った谷口博之の「間」で、時には(ボール奪取勝負シーンやカバーリングシーンで格段のクレバーなスキルを発揮する!)守備的ハーフとして、時にはゲームメイカー(前と後ろのリンクマン)として、時にはチャンスメイカーやゴールゲッターとして、とにかく変幻自在のパフォーマンスを披露したのですよ。

 私が特に気に入ったプレーぶりは、例えばこんな感じ・・。

 ・・アントラーズのカウンター場面・・最前線ゾーンまで押し上げていた憲剛が、アントラーズにボールを奪われた次の瞬間には、全力で相手ボールホルダーをチェイス&チェックし、必殺のスライディングタックルでボールを奪い返してしまう・・そしてすぐさま谷口へタテパスを送り、自身もすかさずパス&ムーブで、タテのスペースへ入り込んでリターンパスを受ける・・

 ・・ボールを奪い返した菊地光将からのパスを受けた中村憲剛が、例によって軽快にボールをコントロールしながら「タメ」を演出し、次の瞬間には、タテの決定的スペースへ向けた必殺のラストスルーパスを送り込む・・その距離は、数10メートル・・だから、必殺の、グラウンダー・ロング・ラスト・スルーパスってな具合・・

 ・・そして次の瞬間には、これまたすかさずパス&ムーブで、サポートの動きに入っていく・・憲剛のボールがないところの動きは、常に(後方からの)オーバーラップだから、相手にマークされることは希・・要は、相手ディフェンスにとっては「見慣れない顔」ということになる・・

 ・・それこそが(相手守備からの)「消える動き」・・フットボールネーションの玄人筋がもっとも高く評価するプレーの一つなのであります・・

 ・・2-2となった同点ゴールのシーンも、まさに「それ」・・(音もなく)素早く押し上げることで、まったくフリーでジュニーニョからの横パスを受け、例によって「前へ仕掛けていく勢いを内包したタメ」を演出し・・最後は、逆サイドで(憲剛を信頼して上がりつづけた)山岸への、素晴らしい強さとコースのサイドチェンジ・グラウンダーパスを送り込む・・そして山岸からのラスト(グランダー)クロスをダイレクトで叩いたチョン・テセが同点ゴールをたたき出した・・

 ・・その直後には、これまた「音無し」でアントラーズ守備ブロックの「背後サイド」へ上がりつづけ、逆サイドでボールを持った山岸からの、ファーポストゾーンを狙った正確なサイドチェンジクロスを、ヘディングでアントラーズゴール右隅へ叩き込んだ・・

 まだまだ舌っ足らず・・かな。中村憲剛の、攻守にわたる(ボール絡み・ボールがないところでの)実効プレーを表現するのは、そう簡単な作業じゃないのですよ。高畑監督が(もちろん前監督の関塚さんも!)全幅の信頼を置くのも当然です。あっと・・、もちろん関塚さんや高畑さんだけじゃなく、日本代表監督も・・ネ。

 さて、フロンターレについてはそこまでということで、次はアントラーズにハナシを移しましょう。決して彼らは、ゲームを通して悪かったワケじゃありません。

 立ち上がりにアントラーズが魅せたサッカーには、全盛期の臭いがプンプンしていました。そんな素晴らしく高質なダイナミックサッカーを観ながら、「よし!・・これでアントラーズも立ち直った・・この試合は素晴らしい内容になるに違いない・・それだけじゃなく、これからのリーグ展開やACLも楽しみになってきたな・・」なんて喜んだモノでした。

 でも、マルキーニョスが再びケガで退場してから、ガラッと雰囲気が変わってしまうのですよ。それまで、まさに「ポジションなし」という表現がピタリと当てはまる変幻自在の仕掛けを魅せていたアントラーズの攻撃が、急に勢いを減退させていったのです。

 要は、足が止まったということです。それまで、縦横無尽のポジションチェンジを繰り返していたアントラーズ攻撃陣のボールがないところでの動きが、ホントに急激に萎縮してしまったのです。そしてそれからは、ボール絡みの動きとボールがないところでの動きが、まったくといっていいほど「連動」しなくなってしまう。

 一つひとつの動きは悪くないのですが、それが有機的に連鎖しないのです。サッカー的に言えば、リズムを失ったということなるわけだけれど、とにかく、次の勝負プロセスに対するイメージが、選手ごとにまったく違ったものになってしまったということです。

 それを連動させるためには、一人ひとりが、勇気をもって積極的に「仕掛けの動き」を繰り出していかなければなりません。そんな主体的な(ある意味リスキーな)動きが出てきて初めて、チーム全体が活性化し、それぞれの「動き」の有機的な連鎖を「引き出す」のですよ。

 このメカニズムに関する「理解と確信」こそが、組織プレーを発展させるためにもっとも大事な要素になります。要は、そこにこそ、監督のウデの本質が見えてくるということです。私は、アントラーズのオズワルド・オリヴェイラ監督を高く評価しています。厳しいコンディション条件だけれど、彼ならば、必ず困難を乗り越え、再びチームを発展ベクトル上に乗せることでしょう。とにかく今は「我慢」・・なのです。そんな心理マネージメントもまた監督のウデの内なのです。

 ちょっと疲れた。これからヴィッセル対レッズをビデオ観戦しますが、コラムは、稲本潤一のレポート(本日のシュツットガルト戦では、後半に交代登場したとか)も含めて明日の夜ということにさせてください。悪しからず・・。

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 ということで・・しつこくて申し訳ありませんが、拙著『日本人はなぜシュートを打たないのか?(アスキー新書)』の告知もつづけさせてください。その基本コンセプトは、サッカーを語り合うための基盤整備・・。

 基本的には、サッカー経験のない(でも、ちょっとは興味のある)一般生活者やビジネスマン(レディー)の方々をターゲットに久しぶりに書き下ろした、ちょっと自信の新作です。わたしが開発したキーワードの「まとめ直し」というのが基本コンセプトですが、書き進めながら、やはりサッカーほど、実生活を投影するスポーツは他にはないと再認識していた次第。だからこそ、サッカーは21世紀社会のイメージリーダー・・。

 いま「六刷り」まできているのですが、この本については「こちら」を参照してください。また、スポナビでも「こんな感じ」で拙著を紹介していただきました。

 蛇足ですが、これまでに朝日新聞や日本経済新聞(書評を書いてくれた二宮清純さんが昨年のベスト3に選んでくれました)、東京新聞や様々な雑誌の書評で取り上げられました。NHKラジオの「著者に聞く」という番組で紹介されたり、スポナビ宇都宮徹壱さんのインタビュー記事もありました。また最近「こんな」元気が出る書評が出たり、音声を聞くことができる「ブックナビ」でも紹介されたりしました。

 



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