The Core Column


The Core Column(1)__「決定力」と呼ばれるモノの本質!?・・ヘネス・ヴァイスヴァイラーの教え・・(2013年9月11日、水曜日)

■ヴァイスヴァイラーが演出した「何かを超越する雰囲気」(心理的な環境)・・

「何か、こう、普通じゃ味わえない感覚だったな・・」

1.FCケルンのスターストライカーだったディーター・ミュラーが、静かに語りはじめた。

1970年代、私がドイツへサッカー留学していたときのことだ。

「これを決めてやる!・・といった主体的なモノじゃなくて・・これは決まるぞ!・・っていう確信みたいなモノが、アタマのなかを埋めつくしたっていうか さ・・そんな感覚は、これまで経験したことがなかった・・シュートを打つとき、同時に、ボールがゴールネットを揺らすシーンがアタマに浮かんだんだよ・・ そして次の瞬間、それが現実のモノになったっていう感じだな・・」

決定力・・。それが、今回のメインコラムのテーマだ。

以前から、機会があるごとに書いているわけだけれど、私は、決定力と呼ばれるモノの大部分は、心理・精神的なファクターが占めていると考えている。

だからこ そ、絶対にチャンスをゴールに結びつけられるという「自信と確信」を高めることこそが最重要テーマだと思っているのだ。

そして、ここが重要なポイントなのだが、その「心理ベース」が、例えばワールドカップ決勝のような極限の緊張感のなかでしか、本当の意味で鍛えられることはないという事実がある。

とはいっても、そんなホンモノの緊張シチュエーションが「日常」に存在しないことも確かな事実なのだ。

では、一体どのようにして、その「心理ベース」を計画的にレベルアップさせられるのだろうか?

もちろん、その「場」は、トレーニング以外にはない。だからこそコーチは、決定力という得体の知れないモノと真剣に取り組み、そのレベルアップを意識しながら、様々なアイデアを駆使しなければならないのである。

そのアイデアの具体的な目的は、トレーニングを限りなく「実戦の心理環境」に近づけていくこと。そのテーマへの取り組みにこそ、コーチの本当のウデが問われるのだ。

ぬるま湯の雰囲気が支配するトレーニングでは、いくらシュートを決めたところで、「何か」が充填されることはないのである。

■限界の領域へ・・

私は、ドイツ伝説のスーパーコーチ、故ヘネス・ヴァイスヴァイラーから、何度も教えを受けた。彼がリードする、半端じゃないハードトレーニングを体感させてもらうことも含めて。

「分かるか?・・コーチの本当のウデは、いかにトレーニングを実戦に近づけられるか・・選手たちの本気度を、いかに極限まで高められるのかという一点で試 されるんだぞ・・同じトレーニングをやっても、誰がそれをやらせているかで、実際の効果には、何倍もの違いが出てくるんだ・・」

ヘネスの金言である。

そんなヘネス・ヴァイスヴァイラーのトレーニングは、すべてが貴重な学習機会でもあった。なかでも印象深かったのは、シュート練習だったのだ。

当時、西ドイツ代表としても存在感をアップさせていたディーター・ミュラー。

彼を、通常トレーニングの2時間前にグラウンドへ呼び出し、ひたすらシュートを打たせるのだ。様々なカタチからのシュートトレーニング。もちろんGKも入っている。

ヘネス・ヴァイスヴァイラーは、「チャンスを確実にゴールにする・・」ことへの「こだわり」が半端じゃない。どんな状況でも、納得できる『内容』のある(心理的、物理的なエッセンスが詰め込まれた!?)ゴールを決めないと許さない。

何度も、何度も、ヘドが出るほど繰り返させる。

いくらディーターがゴールを決めても、ヴァイスヴァイラーは、「内容が足りない!」と、オーケーを出さない。

「そんなシュートじゃダメだ・・オマエの確信が感じられない・・オマエは、シュートする瞬間に、自分の蹴ったボールが、ゴールに飛び込んでいくシーンを明確にイメージできていない・・」

もちろん、ディーターはアタマに血がのぼってくる。そして文句の一つも言いはじめる。

「でも監督・・シュートはしっかりと決まっているじゃないですか・・これ以上なにをやったらいいんですか? オレには、よく分からない・・」

そして、怒りを込めた強烈なシュートを叩き込むのだ。でもヘネスは、決して許さない。

それって、理不尽な要求なんじゃありませんか??

観ているこちらは(私以外には数人のファンと関係者とおぼしき人!?)、いつ殴り合いのケンカがはじまってもおかしくないと、ヒヤヒヤものなのだ。

でもヘネスは、険悪になっていく雰囲気にもまったく動じることなく、厳しい指摘をブチかましながら、ディーターにシュートを繰り返させるのだ。

そこでは、暴力的とまで表現できそうな極限の緊張感が支配していた。

ただ、それこそが、ヘネス・ヴァイスヴァイラーの意図するところだったのだ。

そして・・

■何かが「弾け」、そして何かを「越えた」・・

極限テンションが支配する雰囲気のなか、突然、ディーター・ミュラーのシュートが、まさに(怒り心頭に発した!?)生き物のように、ゴールに突き刺さりはじめたのだ。

誰もが目を見張る、見事な、本当に見事なシュート。

明らかに、シュートの、そしてゴールの「内実」が変容した・・と、感じた。

私は、残念ながら、その「内実」を表現する言葉を持ちあわせていない。ただ、とにかく、そのゴールに充填された「何か」を感じたことだけは確かな事実だった。

攻撃的な雰囲気に包まれた極限の緊張感。そして、そんな極限状態で「しか」生み出されてこないに違いない何らかのスピリチュアル・エネルギー・・。

そのとき私は、「それ」を体感していたのだと思う。

とはいっても、まだ私は、その「内実」が何だったのか、うまく表現できないでいる。ただ、そこでつかみ取った「感覚」は、今でも、はっきりとイメージできる。

それは、「決定力」と呼ばれる、何らかのシーレットファクターと直接的にリンクしているモノなんだろうな・・たぶん・・

ところで、ヘネス・ヴァイスヴァイラーとディーター・ミュラーが、究極のテンションが支配する雰囲気のなかで対峙したシュートトレーニングだが、その「変容」をキッカケに、唐突に終了した。

そのとき、ヘネス・ヴァイスヴァイラーが、心からディーター・ミュラーをねぎらい、ハグまで交わしたことは言うまでもない。

素晴らしい心理マネージメントだった。やっぱりヘネス・ヴァイスヴァイラーは、スーパーなストロング・ハンドだ。

余談だけれど、そのハード(シュート)トレーニングの後、ディーターは、通常の全体トレーニングを、しっかりと最後までこな した。

そこでは、彼のプロの意地を感じたわけだけれど、それもまた、ヘネス・ヴァイスヴァイラーの狙い通りの成果だった。後から、ヘネスが、そのことを話してくれ たっけ・・。

■世界トップの決定力を体感した日本代表

このコラムで言いたかったことは、本物の決定力とは、そういう類(たぐい)のモノということだ。それは、ぬるま湯では(受け身や消極的な姿勢では!?)決して体得できないギリギリの感覚なのである。

そんな、「世界の決定力」。

2013年6月にブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップでは、日本代表も、それを体感させられた。

コンフェデレーションズカップの第二戦。イタリア代表と対戦したときのことだ。

そのゲームでの日本代表は、ブラジルとの開幕戦とはうって変わり、攻守にわたる積極的なリスクチャレンジでイタリアを土壇場まで追い詰めた。

同点に追いつき、勝ち越しゴールまでも狙えるほど、イタリアを押し込んだ日本代表。ただ、そんな状況であったにもかかわらず、イタリアの猛者たちは、虎視眈々とチャンスをうかがっていた。

そして最後の最後に、ここ一発の決定力を魅せつけるのである。

後半41分の決勝ゴール。

日本代表のクリアボールを拾ったイタリアが、一瞬のスキを突いた。

決定的スペースへ抜け出していく爆発的なフリーランニングと、勝負のスルーパスが、ピタリとシンクロし、完璧に日本代表のウラの決定的スペースを攻略したのだ。

最後は、ジョビンコが、クロスボールを冷静に蹴り込んだ。

その一連のシーンで特筆だったのは、「ここがチャンスだっ!!」と感じた複数のイタリア選手たちが、同時に、決定的なアクションを起こしたことだ。

もちろん「それ」は、とてもリスキーなアクション。でも彼らは、体感に裏打ちされた確信によって、自然と身体が動いたに違いない。それは、まさしく、フットボールネーションの歴史がバックボーンになった世界の勝負感だった。

私は、その、チャンスを感じるチカラと、自然とアクションを起こせる感覚に脱帽していた。それもまた、決定力と呼ばれるモノを構成する重要なファクターなのだ。

この試合は、まさに決定力の差が結果に直結したゲームだったと言えるだろう。チャンスを作りだしても、それをゴールに結びつけなければ意味がない。

イタリアは、日本に押し込まれながらも、数少ないチャンスをしっかりとモノにすることで逆転勝利をもぎ取った。

まさに、世界トップの勝負感と決定力。それもまた、「世界トップとの最後の僅差」の本質的なファクターであることは言うまでもない。

試合後、「悔しい・・」というコメントを連発していた日本代表の選手たち。彼らは、この悔しさを、着実に「次のステップ」へとつなげていかなければならない。

人は、ネガティブな出来事からの方が、より多くを学べるのだから。

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 重ねて、東北地方太平洋沖地震によって亡くなられた方々のご冥福を祈ると同時に、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。 この件については「このコラム」も参照して下さい。

 追伸:わたしは”Football saves Japan”の宣言に賛同します(写真は、宇都宮徹壱さんの作品です)。

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 ところで、湯浅健二の新刊。三年ぶりに上梓した自信作です。いままで書いた戦術本の集大成ってな位置づけですかね。

 タイトルは『サッ カー戦術の仕組み』。出版は池田書店。この新刊については「こちら」をご参照ください。また、スポーツジャーナリストの二宮清純さんが、2010年5月26日付け日経新聞の夕刊 で、とても素敵な書評を載せてくれました。それは「こちら」です。また、日経の「五月の書評ランキング」でも第二位にランクされました。

 





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