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ヨーロッパの日本人&ジーコジャパン(31)・・小野、中田のレポートのつもりが、結局ジーコジャパンの話題になってしまった・・(2004年4月5日、月曜日)

さて本日は(早朝に帰国した4月4日の日曜日)、時間的にもスケジュール的にも、小野伸二と中田英寿をじっくりと観察できます。ではまず小野伸二から・・。

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 とにかく、ここのところの小野伸二のパフォーマンスは、先日の日本代表でのシンガポール戦も含め、高みで安定していると感じます。守備においても、攻撃においても。とはいっても、そのイメージは後方からのゲームメイクが基本。やはり、守備的ハーフとしての評価はまだまだ難しい。先日のシンガポール戦では、相手が弱く、仕掛けが単発だったから、守備的ハーフとしての効果レベルに対する評価はちょっと難しかった。

 でも宮本が言っていたように、シンガポールが攻めてきたときの中盤プレスがうまく機能していなかったから、守備ブロックも、どこでボールを奪うのかという明確なイメージを持ちにくかったというのも本当のところだと感じていた湯浅でした。

 とはいっても、小野の中盤守備プレーが伸びていることも確かです。アタックタイミング(次の読み)が好転しているから、彼がボールを奪い返すシーンも増えているし、ボールがないところでの守備にしても、これまた正確な読みをベースに、早いタイミングでフリーランニングする相手を掌握していしまう。そんなだから、以前のように(ボールのないところで)完全にマークを振り切られるというシーンは少なくなりましたけれど・・。

 私は、これから一次予選を経て最終予選に臨むべき(Hopefully !!)日本代表にとって、守備的ハーフコンビの機能性ほど重要なファクターはないと思っています。相手が強くなる最終予選では、日本代表がゲームペースを乱して押し込まれるというシーンも多々出てくるに違いありません。そんな状況こそが、守備的ハーフの本領が発揮されるシチュエーション。そこで展開される彼らの忠実で激しい(猟犬タイプ)ディフェンスプレーが、ペースを乱したチームにとっての立ち直りのキッカケになるはずなのです。彼らは、勝負マッチでのテンションが高まれば高まるほど、中盤のパワージェネレーター(発電器)としての役割に対する意識を高揚させなければならないというわけです。そんな視点でも、小野伸二がもっとも実効あるプレーを展開できるポジションは、あくまでも「守備意識の高いサイドハーフ(前気味ハーフ)」だと思っている湯浅なのです。

 この試合(NAC対フェイエノールト)の前半では、フェイエノールトが、全体的に押される(中盤を支配される)展開を好転させられない時間がつづきました。全体的な活動量が落ち、選手たちが攻守にわたって消極的に足を止めてしまうというじり貧の雰囲気。私は、小野伸二が、仲間に対する叱咤激励(瞬間的な恨まれ役!)も含め、そんなじり貧の雰囲気を立て直す第一リーダーとして機能しなければならないと思っていたのです(まあ、小野のパートナーであるエジプト代表ガリもいますけれど、リーダーはあくまでも小野!)。

 でも結局は、流れに乗っているだけで、攻守にわたって自分から仕掛けをコントロールするような積極プレーがなかった(そんなチャレンジ姿勢が感じられなかった)・・。もちろん、局面プレーでは素晴らしいものがあるし、後半早々には、彼のコーナーキックからフェイエノールトが先制ゴールを決めたりもしましたけれどネ。でも、やはりギリギリの勝負では、守備的ハーフじゃない・・。

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 ちょいと話題がジーコジャパンにもオーバーラップしはじめたから、小野伸二、中田英寿のゲーム内容もミックスしながら、今回は、このままこのテーマを発展させることにしましょう。何せ、いま一番気になるテーマだし、多分もう皆さんもご存じのように、絶対的な日本代表のチームリーダーである中田英寿が、試合後のインタビューや自身のHPで、限りない危機感を表明していましたからね。

 私は中田英寿の言葉をこんなふうに解釈しています。

 チームに危機感や緊張感がないし、選手同士のコミュニケーション(この意味を互いに突き詰めるだけでも大変な進歩ベースになる!)もうまくいっていないから、同じミスをくり返している・・だからチームが発展していることを実感できない・・このチームには、互いに刺激し合うようなギリギリのコミュニケーションに対する意識が希薄だから、チームが悪いペースになったときに、そこから這い出してこられない(心理的な悪魔のサイクルを自分主体で断ち切れるだけの意志の力が不十分!)等々・・。

 周りでサポートしなければならない日本選手たちがビビリまくったことで、効果的な組織攻撃をまったく構築できなかったオマーン戦。シュートチャンスを外しまくったことで、また、先制ゴールを入れてからの、相手に合わせたプレーペースや守りに入った心理のプレー姿勢に陥ってしまったことで自ら墓穴を掘りかけてしまったシンガポール戦。たしかに、フラストレーションがたまるゲーム内容ではありました。そこでの日本代表のプレー姿勢からは、全力を出し切って闘い抜くという強烈な意志のチカラを感じることはありませんでした。

 中田英寿の不満(不安)の根拠は、やはり、チームメイトたちの、攻守にわたって自分からアクション(リスクチャレンジを含む!)を起こさないプレー姿勢にあり・・ということでしょう。サッカーは、自分からリスクにチャレンジしなければ、ミスを犯さない、ミスが目立たない・・という世界だから、それは責任を回避する逃げのプレー姿勢とも言える?! サッカーでは、まずいの一番に、日本人が不得手な、自分主体の積極的な判断姿勢&決断姿勢&実効ある実行力が求められるっちゅうわけです。

 中田が、前線からチェイス&チェックアクションを起こしているのに、周りのチームメイトたちが「次のボール奪取」を狙っていないことで、相手に展開パスを回されてしまう・・中田が、仕掛けのドリブルやキープ&タメで次の勝負を仕掛けようとしているのに、周りのチームメイトたちがアクションを起こさないことで、仕方なく横パスやバックパスをしなければならない状態に陥ってしまう・・中田が、前線のスペースへ走ってパスを受けたにもかかわらず(相手を二人、三人と引きつけてスペースを作ったにもかかわらず・・オマーン戦のことですよ!)、味方がサポートの動きやパスレシーブアクションを起こさなず、無為な様子見になっていることで、中田だけがケズられてしまう・・等々、そんな無作為マインド(自分からアクションを起こさない行為)は、サッカーでは犯罪に等しいということです。何せサッカーは、有機的なプレー連鎖の集合体ですからね。一人でもサボッたら(義務を果たさなかったら)、自由なサッカーが機能しないというわけです。

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 それにしても、ハードなスケジュールにもかかわらず、レッジーナ戦で先発出場した中田英寿が、攻守にわたって、いつもの全力リーディングプレーですからね。ホント、頭が下がります。

 とはいっても、そんな中田にしたって、批判や叱咤激励など、チーム内で「刺激を与える存在でありつづける」には限界がある・・。いくらチームキャプテンだからといっても(これは日本代表でのハナシです)、基本的に彼はプレーヤーであり、瞬間的にでも、仲間から恨まれたり憎まれたり煙たがられたりしつづけるなんて、イヤなことに違いありませんからネ。まあ、グラウンド上の勝負の場でそれができるのは、中田英寿を置いて他にいないわけだけれど・・。

 そんな「チーム内テンションのマネージメント」が監督さんのお仕事であることは言うまでもありません。だからこそ私は、早くジーコも泥をかぶらなければ(ここでは、選手たちに対して、嫌なことでもしっかりと言うことで、彼らからの瞬間的なネガティブエネルギーもかぶること・・等々)なんて言いつづけているわけです。泥をしっかりとかぶれるようになれば、本当の意味で選手たちから尊敬される存在になれるという意味も含めてネ。そこまできて初めて、チームの精神状態が、闘うグループとして健康的なモノになる・・。

 いつまでもジーコが、(選手としての)過去の栄光ベースのカッコ良さ(=建て前)をキープしようとすれば、いつかは必ず、彼の立場は破綻する・・。それがいつになるか分からないけれど、とにかく取り返しがつかない状態で破綻されてしまっては(チームが崩壊状態に陥ってしまっては)、日本サッカー界がこうむる被害は、本当に甚大なものになってしまう・・。ちょっとストレートに書きすぎのようですが、まあ「全体的な構図」はそんなところでしょうから・・。

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 今回のキャバクラ男たちの件にしても、ジーコが直接話して、(例えば!)彼らに直接怒りまくり、チームメイトたちの前で謝罪させれば、その場でコトは済み、彼らもシンガポールへ行ったかもしれない・・。そんな「コト」は、どんなチームでも日常茶飯事。それがうまくできないことが、今のジーコジャパンにおける問題の本質を現している?!

 例えば1970年代のドイツ代表。監督はヘルムート・シェーン。そこで、合宿中に選手たちがカードゲームで夜更かしをしていたんだそうな・・そしてシェーン監督に目撃されてしまった・・シェーン監督が、カードゲームをしている部屋の近くを通ったとき、全員フリーズ状態だったらしいけれど、その場では何も起きなかった・・でも翌朝の全体トレーニングで、明確な「懲罰」が待っていた・・全員が二列に並んでランニング・・エンドレスのランニング・・そりゃもう、大変な距離を走らされたらしい・・もちろん団体責任として・・選手たちも「その懲罰トレーニングの意味」を知っているし、分かっているから、ヤレヤレと言いながらも、仕方なく走りつづけた・・そんなとき、張本人の一人、ゲルト・ミュラーが、「オラ、もう止めた・・オレは、代表を降りるゾ・・」なんて、わけの分からないことを言って走るのを止めようとしたらしい・・その瞬間、ゲルト・ミュラーの周りを、数人の「心理・精神リーダーたち」が取り囲み、ミュラーのウデを取って、「オマエ、そんなこと許されると思っているのか・・」と脅しながら走らせつづけたんだそうな・・監督からの、懲罰という明確な意思表示・・それを受け止めた選手たちの心の余裕(それを受け止められるだけの健全な雰囲気がチームにはあった!)・・そして、ミュラーを脅したチーム内パーソナリティーの面々・・当時のドイツ代表が、美しさと勝負強さが同居した、最高のバランスのサッカーを展開できたはずだ・・。

 そんなオープンな雰囲気が今の日本代表にはないのかも・・。要は、監督・コーチも選手たちも、チーム関係者も、みんな何かを「恐れて」いることで、とにかく慎重に「何もしなくなった」り、表面的に(建て前で)すべてを取り繕ったり、はたまた何かがあるたびに攻撃的になったりする(まあ内向的な攻撃性だから、現象としてはカゲ口っちゅうことになるんでしょうがネ・・)。

 もしチーム内にオープンな「ディベートの雰囲気」があれば(要は、ののしり合ったとしても、決定的なカタチでは後に残らないようなオープンな雰囲気・・ちょっと分かりにくいでしょうが、要は、必要とあれば本音で語れる雰囲気・・)、例えば誰かが「なぜオマエは、あそこで走らないんだ・・」とか「なぜアソコで守備に戻ってこなかったり、中途半端に止まってしまうんだ・・」なんていう抗議をした場合でも、健康的なディベートになる(互いの発展のためのリソースになる!)ということです。それこそが健全なコミュニケーションということですよね。ただ今の日本代表チームには、そんなオープンで健康的な(本音で語れる)雰囲気はないのかもしれません。

 キャバクラ問題にしても、ジーコが直接話してしまったら「それですべてが終わり・・二度と修復不可能・・」という不安の方が先に立つんでしょうね。それでも、「フザケルナよ・・オマエたちは、オレをバカにしたんだぞ・・」なんてジーコが迫ったとき、キャバクラ男たちは、「何いってやがる・・アンタのチームマネージメントが徹底していないことが本当の原因じゃないか・・」なんてコトは言わないでしょ?! まあ、それに類する、子供じみて無神経なことを言うのだったら、その時点で、代表選手として不的確ということが判明するというものじゃありませんか。とにかくジーコは、自分が傷つくことも含め、もっとオープンに選手たちへの本音の刺激を与えなければ、結局チームが破綻してしまうと確信している湯浅なのです。

 以前、友人のドイツ人プロコーチ、クリストフ・ダウム(現在、ガラタサライとかベジクタシュといった強豪を抑えてトルコリーグのトップをいくフェネルバチェ・イスタンブールの監督)と話したとき、自分のことを、タイプとして「コミュニケーション力に長けた権威主義タイプ」と表現していました。なかなかうまい表現じゃありませんか。

 どうも、書きはじめたら止まらなくなってしまう。このテーマについては、「サッカー監督という仕事」の文庫本(新潮文庫)でも書く予定です。あっと・・小野伸二の出来はそこそこ(立ち上がりの素晴らしいプレーペースが、時間が経つにしたがってどんどん消極的になっていった!)、中田英寿は、シンガポールのフラストレーションをぶつけるかのように(?!)素晴らしい迫力を魅せてくれました。ということで、本日は、こんなところで・・。




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