トピックス


湯浅・・「スポーツ・i」(CS)で「J」解説をはじめます(1997年7月29日)

以前、スポットで「東海チャンピオンシップ」の解説を頼まれたことがあるのですが、その「スポーツ・i」(CS)が、セカンドステージの「10試合」を、「録画」で流すことになり、その解説をすることになりました。基本的には、「土曜日」に行われた「J」の一試合をえらび、日曜日の夜10:00(PM)から放送するというものです。

すでに結果が分かっている試合の解説ですから、実況解説とは少しちがったものにしなければなりません。私のコンセプトは、サッカーに興味をもっていらっしゃる方々が「サッカーを語れるようになる」というものです。このことは、拙著『サッカー劇場へようこそ』(日刊スポーツ出版社)、『闘うサッカー理論』(三交社)に共通する原則でもあります。私はプロサッカーコーチですから、コーチの視点で、「J」を「素材」に、分かりやすく、サッカーの面白さ、美しさを解説できれば・・と思っています。

サッカーに詳しくない方々でも、普通の日常生活における発想で(日常生活の言葉・表現で)理解できる解説にする自信はあります。私の解説では、「このチームは、スペースのバランスがいいですね〜〜」とか、「あそこのタメがよかったですね〜〜」とか、「いまはシステムがうまく機能していませんね〜〜」とかいった、ワケの分からないものは出てきません。そんな、普通の方々には「意味不明」の表現。その背景を解説するのがプロの解説者の役目ですからネ。

ここまで大きなことを言うと気合いが入ります。さてどうなることやら・・。乞うご期待・・

コダック・オールスターを見て・・(1997年7月28日)

エムボマが、ハットトリックと爆発し、「West」が4-1で勝利したゲーム。エムボマの奇異なプレー・リズム(大股でのスプリントや、ボールの持ち方など)、エジウソンの人間業を超越したスピードとボールコントロール、ジョルジーニョのガッツあふれるプレー、ストイコビッチのエレガント・プレー、等など、見どころ豊富なゲームでした。

ただここでは、二人の選手にしぼってコラムを書きたいと思います。まず最初が「ラモス」。39歳になりました。私が読売サッカークラブでコーチをしていた頃の主力選手の一人です。その頃から比べれば、確かにスピードと体力(持久力)は衰えましたが、テクニック、戦術能力(ルックアップ、組立・切り崩しパスなど)、そして闘争心はまだ一流です。特に闘争心。経済的に困っているわけではないはずですから、あのハングリーなプレーは何なのだろうか・・と驚きを感じてしまいます。結局、彼にとってサッカーのプレーをすることは「チャレンジ」だということなのでしょう。自分の「存在意義」の確認だということです。読売サッカークラブ当時もそうでした。いろいろと問題を起こしましたが、それも彼の「チャレンジ精神」がバックボーンにありました。「ディシプリン」が大前提のプロチーム(当時、日本では唯一のプロチームでした)において、ラモスのような「感覚的で感情的なプレーヤー」は問題児になりがち。ただ、よくよく考えてみると、彼の言動のベースには、常に「エンスージアズム(サッカーに対する情熱)」がありました。プレーする限り全力を尽くす、誰にも負けたくない、自分が「一番」・・そんな情熱です。イベントであるオールスターゲームで「イエローカード」をもらうなんて・・。イエイエ、彼にとっては当然の「エンスジアスティック・プレー」なのです。90分間、全力を出しきったラモスに大拍手です。
もう一人、「East」チームで出場した「岩本輝雄」について。14万票強を獲得してオールスターに選ばれました。そして、「いつもの」怠慢プレーです。いったい彼は何を考えてプレーしているのでしょう。確かにボールを持ったらある程度のプレーはしますが、その「ボールを持つまで」がカッタルイ。自分から走って(フリーランニングで)パスを受けるという「ボールなしのプレー」や積極的な守備参加がほとんどありません。「あの」中田やエジウソンがボールをもっているのに、止まった状態で「オイッ、ボクにボールをわたせ・・」という態度です。いったい何を考えているのでしょう。もしかすると、まったく何も考えていないのかも・・・。サッカーはボールのないところで勝負が決まってしまうボールゲーム。また、相手からボールを奪い返さなければ攻撃を始めることさえできません(これが守備の本当の目的・・ゴールを守ることは結果にしか過ぎない)。テルには、天賦の才能があります。このまま「普通の天才」の墓場へ直行というのでは、日本サッカーにとって痛手であることは確かなこと。彼には、本当の意味での「心理マネージメント」が必要なようです。一度は「日本代表の10番」を身につけた男ですから、このままでは本当に惜しい。現場のコーチだけではなく、友人、家族、はたまた恋人など「周辺の人々」も、単純に、何故もっと積極的にプレーしないのか(何故、試合が終わったら足がつるくらい、もっと走らないのか・・)と言い続けて欲しいものです。

レッズ、「世界の」マンチェスターを相手に大健闘(1997年7月24日)

レッズが、フレンドリーマッチで、「あの」マンチェスター・ユナイテッドと対戦しました。フランスのスーパースター、カントナが抜け、ギグスがケガで来日しなかったとはいえ、先発メンバーのほとんどがヨーロッパ各国の代表という豪華メンバー。相手にとって不足はありません。
とはいっても、立ち上がりは、レッズが、「チンチンに」やられ続けました。ダイレクトを何本もつなぐような、ファンタスティックな攻撃だけではなく、「あの」岡野のアシも全く通用しない堅実なディフェンスなど(その基本は、忠実なカバーリングと、素早い「もどり」、そして「ここに来る」という読みベースのポジショニングです)、これぞワールドサッカー・・というサッカーを展開するマンチェスター。ダイレクトパスも、止まっている選手の足元へつなぐのではなく、スペースへ、どんどんとダイレクトで入れてくるのです。そしてそこには、ベストタイミングで走り込む(フリーランニング)選手が常にいる。二人目、三人目のフリーランニングはアタリマエというサッカーです。それも、「半径50メートル」!!右サイドで、ダイレクトでパス回しをしていたかと思えば、そのままダイレクトでサイドチェンジです。ファンタスティック!!レッズ守備の足が止まり気味になってきました。それはそうです。どこでボールを奪い返したらいいかという「守備ターゲット」をしぼり込むことが難しいのですからね。そんな「悪魔のサイクル」に入り込んだレッズに対し、マンチェスターのパス回しはどんどんと速くなります。要は、「サッカーはパスゲーム」という基本に忠実なプレーなのですが、それでも、これほど見事に「基本」を見せつけられてはかないません。前半は、両チームの力の差が傍目にも明かでした。それでも、最後のところでは必死の守備で耐え続けていたレッズですが、とうとう、ノルウェー代表のソルスキアに「スーパーヘッド」を決められて「0-1」。そして押し返し始めた出鼻をくじかれるカウンターから、またソルスキアにピンポイント・シュートを決められてしまいました。これで前半で「0-2」。
ただ後半は、堀を入れ、中盤からの守備がよりアクティブになったレッズが試合を支配し始めます。マンチェスターは、旅の疲れか、動きが止まり気味。レッズ新加入の元スペイン代表、ベギリスタインを中心に、レッズが積極的な攻めを見せはじめたのです。そしてブッフバルトのフリーキックに、ベストタイミングで「決定的スペース」へ抜け出た大柴がヘッドで一点を返します。この大柴のフリーランニング。そのスタートは、見事なタイミングでした。相手GKと最終守備ラインの間の「決定的なスペースを突く」という目の覚めるようなゴール。これでレッズの勢いが何倍にもふくれあがります。新加入のベギリスタイン。あぶない場面での積極的な守備参加、決定的なスペースへの積極的なフリーランニング、ボールを持ったら素晴らしいチャンスメーカーぶりを発揮ということで、彼は確実な補強だとすることができます。守備も、新加入のオランダ人、ニユイス(発音が登録と違うかもしれません・・)と後半交代した西野を中心に、後半は素晴らしい出来でした。
マンチェスターですが、旅の疲れ、二日前に香港で試合をしたことなど、いくつかの要因が重なり、後半はまるで別のチームのように消極的。動きがまったくなくなってしまったのです。これは、いくらワールドクラスのチームでも、「動き」がなくなればただの「三流チーム」・・というサッカーの原則が証明された試合でもありました。
この試合を見る限り、セカンドステージのレッズには大いなる期待を抱かせるものがありました。ギドの年齢という不安要素はありますが、このゲーム後半のように、攻撃参加は大きなチャンスだけにし、「基本的には守備的ハーフ」というプレーを続ければ、まだまだ素晴らしいプレーを展開できます。また新加入のベギリスタインとニユイスも、初めてのゲームにしては素晴らしい内容でした。土橋、堀、岡野、福田、大柴、永井、山田、城定・・・など、日本人選手も力をつけています。セカンドステージ、「赤い旋風」を期待しましょうかネ・・。

ワールドカップ・アジア最終予選・・ホーム&アウェー方式に変更!(1997年7月22日)

大きな「変化」です。それまで、一カ国で集中開催されていたワールドカップ最終予選が『世界の方式』に準じることになったのです。これで、最終予選の試合数が、「4」から「8」に増えてしまっただけではなく、最終予選の期間も大幅に長くなってしまうことになります。「J」の日程などがグチャグチャになってしまうわけですが、そこはワールドカップ。とにかく、最終予選をプライオリティーに、噴出してくる「課題」を早急に調整しなければなりません。サッカー協会の「緊急事態対応能力」が問われます。原則に則る・・そんな官僚的な対応では、追い付きません。「2002開催国決定」の経緯など、日本の型どおりの発想では、ついて行きにくい事態が矢継ぎばやに発生する・・・、それがサッカーの世界なのです。
とまれ、予選の形態が「世界の常識」に準じることはポジティブなことです。それは、ファンの方々が、この最終予選期間の「サッカードラマ」を、「より長く」また「自国でも」堪能できるだけではなく、基本的には底ヂカラのある「日本代表」ですから、より実力を出し切ることが出来るに違いないからです。一カ所での集中予選では、「運」や心理的要素(開催国がどこかによって大きく違ってくる)が多分に影響してしまいますからね。この方式によって、より実力が問われる予選になったというわけです。
本日、予選の組合せが決まります。前回のワールドカップ本大会出場国である、サウジアラビアと韓国は、AおよびBグループに振り分けられ、それ以外の8カ国が抽選によって両グループに振り分けられます。その予選グループ分けが決定した後に、また書きます。

1997年度ファーストラウンド、アントラーズが優勝(1997年7月20日)

ファーストステージの優勝争い、最後はアントラーズに軍配が上がりました。終盤の大事な数ゲームで、優勝経験という「心理的資産」(背景の意味が判然としませんが、それが重要なことは確か)が、ものをいったに違いありません。
第14節でトップに立ったフリューゲルス。ただ、次の15節でマリノスに破れ、逆にアントラーズは、アウェーのサンフレッチェにキッチリ勝利してトップを奪い返します。アントラーズは、そのまま残り二試合に連勝してチャンピオンに輝きました。確かにフリューゲルスも、残りの二試合に連勝はしましたが、それは、優勝という「未知の世界」からの心理的プレッシャーが、見ている方にもヒシヒシと感じられるような薄氷の勝利でした。
優勝争いに参加したことはあるが、そこで勝利した経験がない、という「未知との遭遇」が、勝負のかかった大事なゲームで、不安をかりたて、自信を押しつぶしてしまうことはよく起こることです。プレーが、受け身で消極的なものになってしまうのです。リスクのあるプレーを避けようとする態度が前面に出てしまうということですが、魅力的で強いサッカーの基本はその逆、つまり、攻守にわたる積極的な「リスキープレー」なのです。そんな積極プレーが出てこなければ、受け身の停滞サッカーになり、結局は「悪魔のサイクル」にはまり込んでしまいますからネ。優勝のかかったフリューゲルスの最終戦、対サンフレッチェの前半(0-2でサンフレッチェがリード)は、まさにそんな「リアクティブ(自分からアクションするのではなく、相手に反応するだけ)」なサッカーに終始してしまいました。ただ後半は、見違えるほどのアクティブサッカーで、あの大逆転劇を達成してしまいます。そこでは、「もう失うものが何もなくなった」という心理状態が後半だったにちがいありません。ということは、前半には「心理的プレッシャー」があったということですよネ。
それでも、1996年シーズンに続いて優勝争いを経験したフリューゲルスにとって、そんな「極限状態でのゲーム経験」が、大きな「心理的資産」になったのは確かなこと。ジーニョが抜けてしまうとはいえ、今後も、優勝戦線にからんでくるにちがいありません。「未知(優勝)との遭遇」は、いつかは果たさなければなりませんからね。
今回のアントラーズ、フリューゲルスもそうでしたが、優勝戦線にからんでくるチームは、例外なく「攻守のバランス」に優れています。つまり「ゴールが多く」「失点が少ない」ということです。アタリマエじゃないか・・、との声が聞こえてきそうなので、もっと突っ込みましょう。私は、バランスというよりも、しっかりとした守備が、「優勝」のための原点、だと思っています。守備がしっかりとしている。つまり、全員で、積極的に「ボールを奪い返す」プレーに優れている。また、インターセプトなど「予測ベース」の守備能力もある(ゲーム観察能力・インテリジェンスなど)ということです。
守備がしっかりしていれば、攻撃も、よりアクティブになるのが普通です。それは、アクティブにボールを奪い返すプレーは、その後の、積極的な攻撃プレーに「自然と連動してしまう」からです。「ヨシ!成功した」という、ポジティブな心理状態が「ボールを奪い返した守備プレーの結果」ですからネ。ただ逆に、攻撃から守備への「切り替え」には「高い意識」が必要になります。「あーー、失敗した・・」というのが、攻撃の終わり方のほとんどのケース。そんな、ネガティブな心理状態から素早く「立ち直る」ためには、どうもしても、しっかりとした意識が必要だというわけです。守備に対する意識を、優勝のための「原点」だといった理由はそこにあります。
今までの優勝チーム。アントラーズ、ヴェルディー、サンフレッチェ、マリノス・・。どのチームも、しっかりとした守備をベースに「アクティブ・サッカー」を展開していたとは思いませんか・・?
さて、後期がすぐに始まりますが・・。プレビューについては、考えがまとまり次第、掲載します。ご期待アレ・・

ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟の国際会議に参加してきました・・(1997年7月15日)

ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟は、1957年に結成されました。ということで、今回が「結成40年目」の記念会議ということになります。また、ドイツ・スペシャルライセンス(Fussball-Lehrer-Lizenz)コーチ(プロコーチライセンス=私は1981年に国家試験に合格し卒業しました)の養成コースが始まったのが1947年ですから、今年が「50年目」の記念すべき年。この「二つの記念年」に開催された今回の会議には、500人以上もの参加者が一同に会しました。参加者は、原則的にプロライセンスを持つコーチたちです(最近、アマチュアトップレベルの「Aライセンス」コーチにも門戸が開放されました)。そこでは、外国からもサッカーコーチたちが招待されます。私もその一人だというわけですが、私の場合、連盟の正式会員なわけで、「外国からの招待コーチ」というポジションとはチト違います。
国際会議でのテーマは、それぞれの時点でもっともホットなもの。私のもっとも近い友人で、ブンデスリーガ(ドイツ・一部プロリーグ)を代表するプロコーチ、クリストフ・ダウム(ガンバレ、クリストフ&ローラントのコーナーを参照してください)も講演しました。彼のテーマは、プロ選手の「モティベーション」。私は、モティベーションのことを、「ヤル気のポテンシャルを高揚させること」と定義します。オンラインマガジン、「2002 Japan」のコラムでは、クリストフの講演内容も含めてご紹介します。ご期待アレ(表紙ページにリンクボタンあり)。その他にも、生理学、心理学の権威による講演、トップコーチたちによる、最新トレーニングのデモンストレーション、ドイツを代表するジャーナリスト、コーチたちによるパネルディスカッション等など、内容の濃い国際会議でした。
ただ、プロライセンス・コーチたちの組織であるドイツ・サッカーコーチ連盟が主催する国際会議とはいえ、基本的にそこは、(現時点で)プロビジネスには直接かかわっていないコーチたちがノウハウを交換する場になっています。それは、毎年、会議が開催される時期が、各国プロリーグの開幕時期と重なってしまうため、どのチームの監督たちも、シーズン開幕へ向けての準備に大わらわだからです。それでも連盟は、「現役」のプロチーム監督との「関係」を維持するための努力をつづけています。彼らは、例外なく、ドイツ・スペシャルライセンス(Fussball-Lehrer-Lizenz)コーチングスクールの卒業生ですからね。連盟会長である、クラウス・ロルゲン氏は、「プロチームの監督に、できる限り国際会議に参加するよう電話で勧誘しているが、時間的に難しいというのが現状だ。もちろん、ほとんどのコーチ連中は、時間が許せば是非参加したいという返事はするが、現実的には難しい・・」と残念そう。そんななか、現役プロ監督(ブンデスリーガ・チーム監督)がつとめる「連盟副会長」のポストに、「クリストフ・ダウム」が選ばれました。このポジションには、現役のブンデスリーガ監督であること、という条件が付けられているのですが、アカデミックなバックグラウンドなど、彼ほどの適任者はいないということだったのでしょう。前任者は、ブンデスリーガで何度もチャンピオン監督になったことのあるカールハインツ・フェルトカンプです。連盟副会長に選ばれたことで、クリストフは、理論と実践を結びつける非常に重要な役割を担うことになりました。クリストフによる「モティベーションとは・・」というテーマの講演は、連盟副会長としてのものだったわけですが、前年のミュンヘンでの国際会議でも講演をしましたから、二年連続で「プロ領域の」副会長としての責任を果たしたことになります。それでも、毎年、シーズン開幕時期に開催される国際会議のために常に時間をつくることは難しいに違いありません。ブンデスリーガの監督ともなれば、トレーニングだけではなく、記者会見、その他のビジネスミーティング等など、やることが山積みですからね。今回の国際会議が開催されたケルンと、クリストフのチーム所在地、レーバークーゼンは隣町ですから、トレーニングの合間をぬうことも比較的簡単だったということですが、来年の国際会議が、レーバークーゼンから400キロも離れたカールスルーエであることを考えると、スケジュール調整がより難しくなるに違いありません。まあそのときは、代わりに私が講演しましょうかネ。
ドイツサッカーコーチ連盟は、ヨーロッパ・サッカーコーチ・ユニオンの「雛形」になった組織です。ヨーロッパ・サッカーコーチ・ユニオンの事務局長は、長くドイツサッカーコーチ連盟の事務局長をとつめた、モイラー氏(ドイツ人)ですし、ドイツサッカーコーチ連盟の重鎮メンバーの多くが、同時に、ヨーロッパ連盟の重要なポストを兼ねています。このように、この両連盟の関係は非常に深いのですが、そんな両組織に共通する大きなテーマが、「理論(知識、学術領域活動など)」と「実践(プロの現場で鍛えられた経験的ノウハウ)」との融合です。ですから、バリバリの現役プロ監督であるクリストフや、ドイツ代表チーム監督であるベルティー・フォクツなどの「実践家」たちが、ドイツサッカーコーチ連盟でも、アクティブな活動をつづけているというわけです。
ところかわって日本。皆さんもご存じのように、「J」における価値の大きな部分は、まだ「外国人(外国人監督・外国人選手)」が占めています。彼らは、基本的には「優勝請負人」。短期間に、報酬に見合った成果を出さなければ即刻クビ、という立場が普通です。あまり長い時間を与えられていない彼らは、自分のチームを「勝たせること」だけをテーマに仕事をするわけで、結局、彼らの『実践的なノウハウ』が、日本サッカーに広められることは希。その背景には、彼らのノウハウを吸収し、それを「伝える能力」のある日本人がいないという現実があります。ですから、このことは、日本サッカー協会のテーマでもあるように感じるのです。高い金をはらって雇った一流の外国人監督・選手。いなくなってしまえば、残されたのは「目のウラの残像」だけ・・というのでは、いかにも寂しいではありませんか。どんなかたちでもよいから、彼らの『実践的なノウハウ』が、日本サッカーの発展にとって効果的なかたちで活用されることが必要です。ドイツでは、「あの」故ヴァイスバイラー(世界的に『超』有名なプロコーチ)が、プロコーチ養成コースの、二代目校長でした。彼は、アカデミックな活動と平行して、一部プロチーム、メンヘングラッドバッハを何度も優勝へ導いたのですが、彼の存在が、「理論」と「実践」の融合にどれほどのポジティブな影響を与えたことか・・・。ドイツにおける「理論」と「実践」の融合は、すでに1950年代にはじまっていたのです。そしてそれが、今のドイツの強さのベースであることは確かなことです。

湯浅・・明日から二週間、ヨーロッパ出張です・・(1997年6月30日)

本業(副業?!)のマーケティングのプロジェクトを進めるため、また、ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟の国際会議に参加するため、明日から二週間、ヨーロッパへ出張にでかけます。友人のプロコーチたちとも会い、パーソナリティーをぶつけ合うハズ(意味不明の場合は、私のコラムを参照してください)。彼らとの会見内容については「2002」にコラムを書く予定です。ご期待アレ・・・

加茂ジャパン、ワールドカップ最終ラウンドに進出!(1997年6月30日)

引き分けに終わり、うなだれるジャパン選手たち。それに対し、日本のサポーターに「イヤミ」な挨拶をするオマーンチーム。彼らにとっては、勝利にも値する結果だったに違いありません。「国の威信」をかけて闘ったオマーンチームは、日本に対し本当の勝負を挑んでいたということです。それは、ゲームでの彼らの「ガッツ・プレー」に現れていました。「肉を切らせて骨を断つ」という最終予選ラウンドを控えた日本チームにとっては、格好のゲーム相手でした。それが、何度かの決定的シュートを決められずに引き分け。「2002 Japan」のコラムでは、いくつかの課題を書きました。それでも、今の加茂ジャパンは、そんな課題をおおい隠してしまうほどのポテンシャルがあります。その原動力が、中田、西沢に代表される「ヤングパワー」です。ここにきて、チームの新しいステップになる「ニュー・パワー」が出てきたのです。そして、相互信頼ベースの確固たるポジションをチーム内に確立してしまいました。たのもしい限りです。
加茂ジャパン、チームが固まってきました。川口。井原。ストッパーでは、秋田、斉藤、鈴木というオプションがあります。サイドバックには、相馬、名良橋、中村、柳本(ケガは治るに違いありません)。ボランチの山口と本田。望月、北澤もいいプレーを披露しました。中盤の司令塔には、名波と中田(ここがチョット薄いかな?!)。セカンドストライカーには、ヤングパワーの西沢、パフォーマンスが安定し「計算できる」森島、まだ不安定ですが「何か」を期待できる野人、岡野。そしてトップには「ゴール前の勝負師」、カズ。森山や高木も控えています。これから「新戦力」が出てくるとしたら、中田クラスの、「5分で」チームメイトがパフォーマンスを認めることができるレベルでなければなりません。さて・・・
後は、極限のテンションのなかで「最高のパフォーマンス」を披露するための「自信」「確信」「勇気」「積極性」などの「精神・心理的要素」の充実が課題になります。代表選手達には、クラブにもどっても(周りの雰囲気に合わせることなく)、このことを意識し、素晴らしいプレーを続けて欲しいものです。

第二ラウンド第二戦・・加茂ニッポン、ネパールに3-0!(1997年6月26日)

試合終了のホイッスルが鳴ったとき、ネパールの選手達は、諸手をあげて喜びを表現していました。それに対して日本チームはうなだれたまま・・。異様な光景ではありませんか。
「我々の目標は、守りきって引き分けに持ち込むこと・・」。これは、ネパール監督のコメントでしたが、彼らは、引き分けどころか、とにかく失点を最小に抑えることだけを目標としていたようです。その証拠に、日本チームの先制ゴールの後も、まったく戦術的な変化を見せず、実質的には、フィールド選手10人全員で守備をしていたのです。サッカージャーナリストの大住氏・・。「あなた方は、目的を引き分けと言ったが、相手にリードされていたにもかかわらずまったく攻める意志を見せなかった。あなた方は、サッカーをやるつもりがあったのですか・・」。怒りアラワの質問でした。
もちろんサッカーは大衆文化ですが、国際試合の場合、意識されるのは「国家」。それを代表するチームですから、攻めに転じて多くの失点をくらうよりは、失点を「3点」に抑えておくほうが、自分たちにとっては「モア・ベター」だったのでしょう。試合後のネパールチームの「喜び」の意味でした。また監督は、「マカオやオマーンに対しては、自分たちのサッカーをやります・・」とも述べていました。
こんなですから、ゴールを割るのは至難のワザ。全員で守られたら、高校生チーム相手のプロだってゴールを割るのは難しいものです(以前、ドイツ代表チームと、ある州の高校選抜が「2-0」という練習試合をしたのを見たことがあります)。それでも日本チームは、ボールを持つ選手を「起点」として、最前線だけではなく「二人目、三人目」のフリーランニングなど、果敢に攻め、前半に何度か素晴らしいチャンス(つまり決定的なシュートチャンス)をつくり出しました。私には、長短・強弱おりまぜたパス、素晴らしいコンビネーション、有効なサイド攻撃(それでも、中央だけではなく、サイドにも常に2-3人のネパール選手が張り付いているのですから、簡単には崩せませんよね)など、進歩を感じさせる日本チームでした。
それでも、記者席に座る私のうしろでは「なんてヒドイサッカーだ・・」などという、メディア諸氏のハナシが耳に入ってきます。中には「加茂をクビにしろ」などといったワケの分からないものも含まれています。そんなコメントを聞くたびに、また新聞・雑誌の「パスの精度を欠いていた」「単純な中央突破」などといった、事実に反する報道を見るたびに、「一体、この国のメディアはどうしてしまったのだろう・・」と考えさせられます。彼らは、「パスの精度」って一体何のことか本当に分かっているのだろうか・・。「単純な中央突破」とは一体何のことを示すのか分かっているのだろうか・・。考えさせられます。私の目には、素晴らしい精度の「足元へのバス」や「味方のフリーランニングに合わせたスペースへのパス」です。攻守のミスは、いつでも起こるもの。それがなかったら、サッカーの試合ではまったくゴールが入らなくなってしまいますからね。互いに(攻守にわたり)相手をだましてミスを誘発し、それを有効に突く・・、それがサッカーです。つまり「ワンプレー」には、攻守すべての要素が含まれているということです。ですから、決定的シュートが入らなかった現象を、「シュートミス」、「素晴らしい守備とGK」、という両面から見る必要があるのです。
とはいっても加茂ニッポン、昨日の試合でいくつかの課題を発見したに違いありません。こんな「失点の数を抑える」ということを目的にしたチームとの対戦など、後にも先にもこれっきりかもしれませんが、それでも「守備的なチーム」との対戦はこれから何度もあるに違いありません。ゴール前を固める相手に対して、サイドから攻めるのは常道。ただ昨日は、そのサイドにも「守備が集中」しています。これでは、「相手の決定的スペース(最終守備ラインとGKとの間のスペース)を突いて、決定的なシュートチャンスを作ったり、決定的なセンタリングを上げることは至難のワザ。それでも何度かチャンスを作った加茂ジャパンは大したものだったのですが、守備の薄い部分を突くという攻撃の原則からすれば、確かに課題は残ります。有効で素早いサイドチェンジ(何度も繰り返すことで、相手守備を振り回す)、相手守備をゴール前に貼り付けてからバックパス、そてロングシュート(そのこぼれ球狙い)、超速のパス回し、などなど「変化」をつければ、相手守備の「足」をもっと止めることができたに違いありません。また逆に、ネパールとの力の差を考えれば、「相手に(ある程度)わざと攻めさせる」という手が成功したかもしれません(ただしこんなサッカーが成功するためには、本当に大きな力の差のあることが前提)。
最後に・・・。確かにメディアは「問題点・課題を提議」することが仕事です。ただしそれは、一般の方々が、普通のロジックで分かるものでなければなりません。意味不明瞭なファジー表現を使えば使うほど、現場の不信はつのります。日本チームが、メディア不信になってしまわないように、良いプレーは誉め、悪いプレーは叩くという、メリハリのきいた議論が必要なように感じます。(本当の内容ではなく)「結果の数字」だけをベースに、それを裏付けるための「ファジー表現論評」・・。私は、チョット、不満です。ドイツのことを例に出すのは気が引けますが・・・。そこでのメリハリのきいた議論を思い出すたびに、メディアのレベルでも、確かに「本場」には歴史がある、と感じざるを得ません。

第二ラウンド第一戦・・加茂ニッポン、マカオを10-0と粉砕!(1997年6月23日)

「4-ラインバック」にもどした第一戦、日本は、素晴らしいサッカーでマカオに勝利しました。4バックにした場合、どうしても両サイドバックのオーバーラップが消極的になりがち。それでも今回は、ダブルボランチの山口と本田、交代々々に上がる両サイドバック、相馬と中村のコンビネーションがうまく機能していました。サイドバックが上がったスペースを、ダブルボランチがうまくカバーしていたのです。もちろん相手があまり強くなかったこともあったのですが、それでも、名波と中田が作る中盤、どんどんとサイドをオーバーラップしてくる相馬と中村、縦横無尽に動き回り、攻守に活躍した新戦力、西澤、そしてダブルハットトリックを達成した「ゴール前の仕事人」、カズと、それは魅力的なサッカーを展開しました。
「攻守ともに課題が多い・・・」。これは試合後の加茂監督の弁なのですが、もちろん未来サッカーの理想形から導き出される課題は多いに違いありません。それでも、いまの全日本が、その理想形に近づいていることだけは確かなこと。戦術的にだけではなく、精神的にも充実してきているのです。
それまで、守備的に闘う相手に対して、簡単には「最終守備ライン」を崩すことができなかった加茂ニッポン。それが、中田が入ったことで、キリンカップから創造性あふれるサッカーへ発展し始めました。中田と名波のコンビは、チーム全体に「自信と活力」を与え、このゲームでは、サイドバックのオーバーラップや、トッププレイヤー、はたまた、ボランチの「決定的スペースへの走り込み(フリーランニング)」など、クリエイティブなサッカーに欠かせない要素がテンコ盛りでした。「創造的な積極性」、そのベースは、チームの核である「中盤」がしっかりしていることなのです。
最後に、今回カズとのトップコンビを組んだ、セレッソの西澤についてです。新人が代表チームで活躍できるまでには時間がかかるのが普通。それが代表二試合目での大活躍です。彼の才能を正しく評価し、チームに残した加茂さんの、コーチとしての目の確かさの証明といったところ。とにかく、最前線からの「チェイシング(ボールを持つ相手を追い込む守備プレー)」や、攻撃にうつったときのフリーランニング(パスを、フリーで受けるための動きのこと)、はたまた難しい角度のボレーシュートを決めるなど、西澤は大活躍。後半は、ちょっとペースが落ちましたが、それでも「戦力」であることを大アピールしました。彼の今後に大期待です。

テレビ解説・・東海チャンピオンシップ・・グランパスvsエスパルス(1997年6月20日)

いつもラジオで解説していたのが、今度はテレビ・・とにかく映像があるのとないのではこれほど違うものなのか・・。
ラジオでは、まず聴取者の皆さんに「場面イメージ」を描いてもらわなければなりません。そして、そのプレーの「背景解説」と、非常に大変な作業なのですが、そこはテレビ、視聴者の皆さんは実際のプレーを見ていますから、私は「背景解説」だけに専念していればよいので、楽だし、解説もより深くすることができました。とはいっても、試合開始当初は、ラジオの「クセ」でモニター画面をまったく見ずに「ラジオ的」な解説・・。ディレクターから「もっとモニター・プレーを追いかけてください・・」などと指示されてしまったりして。それでも後半は、私自身も楽しんで解説することができました。私のコンセプトは『皆さんにサッカーを語ってもらうためのソース提供』というものです。そして解説のベース(評価基準)は、みなさんの「ナルホド」の数。これからも、テレビ、ラジオ解説をとおして、サッカーの楽しさ、美しさを、サッカー経験者ではない皆さんにお伝えしていこうと思っております。
さて試合の内容ですが・・、アッと、この試合には「内容」はまったくといっていいほどなかったんだっけ・・・。プレシーズンマッチということで、ほんとうに「動き」がない、つまらない試合でした。もう一つ。そこでテストされた若手プレーヤーたち。彼らにとっては、自分をアピールする機会という意味で、「勝負の試合」です。どんなにゲームの雰囲気が「ダレ」ていたとしても、彼らには、後で「足がケイレン」するくらいのプレーを見せてほしかったというのが私の本音です。彼らのほとんどは、雰囲気に呑まれてしまっていました。つまり、自主的な判断と自分自身の責任で、自由にプレーしようとする意志・・・それは、「パーソナリティー」と表現できるかもしれませんが、それがほとんど見られなかったのです。そのことが残念でなりませんでした。

全日本、1997年キリンカップ優勝(全日本vsトルコ・・1-0)・・もう一つ「ウタを忘れた才能」について(1997年6月16日)

いや〜〜、加茂ジャパンがすごいゲームを披露しましたね。久しぶりに「自信」と「確信」をベースにしたアクティブサッカーを見せてもらいました。
「2002 Japan」のコラムでも書いたのですが(今週の金曜日のアップデートで載ります)、その「自信」を支えた大きな要素の一つが、中田の登場でした。20歳の若武者は、こちらがビックリするくらい落ちつき、自信にあふれたプレーを展開したのです。中盤の「ステーション」が確立し、そこにボールをあずけておけば、確実にキープしてくれるんですから、後ろからの押し上げもアクティブになって当然。いつもは、「後ろを気にしすぎて」あまり上がってこない山口でさえも、何本もシュートにトライしていました。中田の、ボールを持ったときのクリエイティブプレーだけではなく、状況に応じた「簡単プレー」、自分自身がパスを受ける「決定的スペース(相手最終守備ラインとGKとの間のスペース)へのフリーランニング(パスを受ける動きのこと)」、そしてなんといっても、素晴らしい「アクティブ守備」。イヤ〜〜、素晴らしい。昨年、日刊スポーツ新聞で連載していた私のコラム、「コーチのプロが、Jのスーパープレーを解説・・・湯浅健二の観戦アドバイス」でも中田のことを、何度かとり上げました。「中田は、現在のJ-リーガーの中では傑出したゲームメークセンスを持っている・・・」、そんな書き出しで、「それでも課題もかかえている・・この若武者には、『本当の意味での世界』を目指して欲しいものだ・・」という文章で結んだ覚えがあります。課題を克服し、確実に「世界」への階段を上っている中田。たのもしい限りではありませんか。
ハナシは変わって、オリンピックで中田のチームメートだった前園のことに少し触れたいと思います。というよりは「伸び悩む才能」というテーマについてです。山口と名波がダブルボランチコンビを組む布陣は、前園を入れるために、加茂監督が以前導入したものです。それでも、あの「パスの天才」名波を、ボランチに下げてまで用意したポジションだったのに、結局「何も仕事ができない」ままに、「天才の墓場」への階段を上っていく前園。
ブラジルの天才、ロマーリオ。最近、ブラジル代表チームに復帰したのですが、プレーは前とは比べモノにならないくらい攻守にアクティブなものになったと聞きます。「以前はサボリ過ぎたから・・・」。彼の弁なのですが、今は32歳になってしまったロマーリオ。もっと前に気づいていれば、ペレやベッケンバウアーのような、歴史に名を残すプレーヤーになっていたに違いありません。
何かのキッカケでプレーがアクティブ(積極的)なものになります。前園には、本当に「ものすごい刺激」を伴った「キッカケ」が必要なようです。とにかく「フリーな状態でボールを持つ」までに、普通は大変な苦労をすること、またサッカーには攻撃だけではなく守備もあることを肝に銘じるべきです。
もう一人、レッズの磯貝ですが、私は彼のプレーが嫌いでした。とにかくカッコだけつける「怠慢プレー」。前園と同じです。確かに才能はありますが・・そんなプレーが通用するはずがありません。それが、ここ数週間、彼のプレーが見違えるほど素晴らしいモノになったのです。
この数カ月、『才能の墓場』というテーマで、多くのメディアにコラムを書いてきました。ヴェルディーの前園、石塚。マリノスの上野。レッズの磯貝、など。テーマの対象となった選手たちです(中田については、かなり伸びていたので対象外としました)。その中で、28歳の磯貝に「蘇生」の芽が見え始めました。ということは、ある刺激とキッカケで「自覚」がよみがえるということです。もちろんそれには、ある程度の「インテリジェンス」が必要になります。前園に、その「インテリジェンス」が欠けているとは思えないのですが・・・・いかがでしょうかネ、皆さん・・・

湯浅・・テレビ解説へ・・(1997年6月13日)

6月18日(水曜日)、CSの「スポーツ・アイ」で中継される東海チャンピオンシップの一戦、グランパスvsエスパルスのゲーム(19:00キックオフ)の解説をすることになりました。機会があればご覧アレ・・

全日本、世界の強豪クロアチアを破る・・・全日本vsクロアチア(4-3)(1997年6月11日)

結果については皆さんご存じのとおりです。ここでは、私が気になっていることを一つピックアップします。それは、「半径・・・メートル」サッカーということです。
ゲームが始まってから、日本の先制点が入るまでの時間帯、クロアチアは、ディフェンスラインで慎重にパスをつなぎ、たまに中盤へ「タテパス」を出すような戦い方に終始しました。主力の多くが来日せず、また時差ボケもあったことから、とにかく慎重にゲームを運ぼうという意図だったのかもしれません。ただ、タテパスが出された中盤での全日本のプレッシャーがきついことは先刻ご承知の彼らは、スグに安全なパスをディフェンスラインへ戻します。中盤へタテパスが出されたもので、そこに日本選手が、ある程度集中してしまいます。そんな状況でのパックパスですから、ボールを受けたクロアチアの選手はまったくフリー。それが彼らの「隠された意図」でもありました。そこから、50メートルは離れた最前線のブラオビッチやツビタノビッチへ、まさに「ピンポイント」のロングパスが出てくるのです。もちろん最前線の二人も、そのロングパスを狙い、クロアチアの最終ラインの選手が「フリー」でバックパスを受けた瞬間に、スペースへ向けて「猛ダッシュ(そのパスを受ける動きのことを、私はフリーランニングとよびます)」。それはすごい迫力です。もちろんこの「フリーランニング」は、テレビには映りませんし、スタジアムで観戦する多くの方々の視界にも入っていなかったに違いありません。50メートルも離れている選手達が、「本気でパスを受けるつもりで」走るのです。そして本当にパスが通り、そこから攻撃を仕掛けてしまいます。スゴイ!!日本チームもたまにロングパスを出しますが、「アバウト」なもので、クロアチアのように「最前線でのボールキープ」を意図したものとは基本的にベツモノだったように感じます。
日本は「半径20メートル・サッカー」。それに対しクロアチアは、確実な「半径50メートル・サッカー」を披露したのです。それでは「中盤でのゾーンプレス」から「高い位置でボールを奪い返し」、「サイドを使った素早い攻撃を仕掛ける」、という加茂コンセプトが(最初の頃)機能しなかったのもアタリマエといったところでした。それこそ「世界レベル」のサッカーの証明です。世界レベルでは、ヨーロッパのチームだけではなく、ブラジルを代表とする南米チームも、50メートル以上の正確なロングパスを活用して、「タダッ広くて正確」な展開をします。そして選手達もその「ピクチャー」でプレーします。はるか遠くでボールがプレーされているにもかかわらず、「コチラ」では、フリーランニングとマークのせめぎ合い。それが「世界」なのです。それに対し日本の「J」では、守備ラインでボールが回されているときに、「本気で」決定的なスペース(相手の最終ディフェンスラインとGKとの間のスペース)を狙っている選手はほとんどいません。そんな攻めが成功した経験がないのでしょう。また、前線へロングパスを送るような攻めは「アバウト」なものだ・・という常識が支配しているのでしょう。ただ「世界」は違います。中盤での「細かなパス回し」というイメージを持たれがちのブラジルでさえ、中・長距離パスを多用するようになっているのです。

大変なマチガイをしてしまいました・・・ごめんなさい(1997年5月30日)

昨日、ドイツへ電話を入れ、レーバークーゼンのクリストフ(監督)、ローラント(ヘッドコーチ)と、今回の、ドイツ・ドルトムントとイタリア・ユーヴェントスとの間で行われた、チャンピオンズリーグ(クラブレベルのヨーロッパ最強チームを決める大会=優勝チームがトヨタカップに参加)決勝について話をしていたときのことです。「来シーズン、チャンピオンズリーグに出場できなくて本当に残念だったナ・・」、との私の言葉に対して「・・・・」という二人の反応。何か雰囲気がヘン・・。「ナニ言ってんだヨ。決定戦には勝たなければならないけれど、チャンピオンズカップに参加することは決まっているんだゼ」。そうだった!!来シーズンから、ドイツ、イタリア、スペインなどの強豪国の場合、優勝チームだけではなく、2位のチームも、チャンピオンズリーグへ参加できるようになったんだっけ・・。私はそのことをすっかり忘れていたのです。レーバークーゼンの場合、弱小国リーグの優勝チームと対戦する「決定戦」には、ほとんど問題なく勝つに違いないですから(決定戦の組合せは6月に決まります)、来シーズンは、レーバークーゼンも『チャンピオンズリーグ』に参加することが決定していたのです。今年の「チャンピオンズリーグ」の優勝チームは、ドイツのドルトムントでしたから、来シーズン、ドイツからは、ミュンヘン(今シーズン優勝チーム)、レーバークーゼン(同2位チーム)、そしてドルトムントと、計3チームが参加することになったというわけです。情報が錯綜して本当に申し訳ありません。これで、「ガンバレ!クリストフ&ローラント」コーナーにも活気が戻ってきますよね。

ボルシア・ドルトムント(ドイツ)1997年のヨーロッパチャンピオンに輝く!!(1997年5月29日)

日本時間で、今朝の5:00に終了した、1996-1997年チャンピオンズリーグの決勝は、ドイツのドルトムントが、イタリアのユーヴェントスを「3-1」で破り、初優勝をかざりました。これで、今年の「トヨタカップ」のヨーロッパ代表は、ドルトムントに決定です。試合は、しっかりと守り、効果的なカウンターと危険なセットプレーを中心に攻めるドルトムントが、「ゲーム戦術的な勝利」をおさめました。現在「世界最高のチーム」、ユーヴェントス。負けたとはいえ、ゲーム内容から、そのことに疑いをはさむ者はいないでしょう(プロセスではなく、結果として負けたのだから最高のチームではないという異論もあるでしょうが・・)。中盤でのアクティブな守備。クリエイティブで破壊的な攻撃力。どれをとっても世界最高峰です。それでも、この試合に限っては、全員が「チームとして」最高に機能したドルトムントに、「勝負では」軍配が上がったということです。1996年、ヨーロッパ最優秀選手に選ばれたドルトムントの星、ザマー選手。彼の持ち味は、しっかりとした守備をベースにした「後方からの攻め上がり」なのですが、この試合ではほとんど攻撃に参加せず、守備に徹します。また現役ポルトガル代表のボランチ、パウロ・ソーザも、中盤で、献身的で積極的な守備を展開します(残念ながら、試合終了間際ケガで退場してしまいました・・ヒザに問題を抱えるソーザ、そこを手で押さえて苦悶の表情・・ということは、半月版損傷で、再び長期離脱か・・)。昨シーズン、ソーザはユーヴェントスでヨーロッパチャンピオンに輝きましたから、彼にとっては二年連続のチャンピオンということになります。破壊的な攻撃力を誇るユーヴェントスですが、この試合ではほとんど「決定的なチャンス」をつくり出すことができません。それほど、ドルトムントの「守備」が素晴らしかったということです。危険ゾーンで「フリー」になるユーヴェントス選手がまったく出てこないのですから、ドルトムント守備の集中力に脱帽というゲームでした。この試合については、「2002 JAPAN」での私のコラムでも取りあげようと思っていますので、そちらもよろしく。最後に、この試合が、ドルトムントの母国、ドイツのミュンヘンで行われたことに触れます。当然、ドルトムントに有利だったわけですが、決勝の会場は、1996-1997シーズンが始まる前から「ヨーロッパ・サッカーユニオン」で決められていました。どこが決勝に進出してくるのか・・神のみぞ知る、ということだったのです。それでも、予選を戦うドルトムントのモティベーション(ヤル気のポテンシャル)が高かったことは言うにおよびません。なにせ、決勝が母国のオリンピック・スタジアムで行われることが、シーズン開始前から決まっていたのですからネ。これで、1996-1997年シーズンにおける「3種類」の「クラブレベル・ヨーロッパ選手権」のうち、二つでドイツ・クラブがチャンピオンに輝いたことになります。

バイエルン・ミュンヘン、ブンデスリーガ・チャンピオンに輝く!(1997年5月25日)

5月24日に行われたブンデスリーガ第33節。ミュンヘンがホームでシュツットガルトを破り、二位のレーバークーゼンがアウェーでケルンに敗れたため、この時点でミュンヘンのリーグ優勝が決まってしまいました。優勝争いが最終節までいくと思ったのに・・残念。

ドイツのシャルケ04、UEFAカップ・チャンピオンに輝く!(1997年5月22日)

ホーム&アウェーで争われる「UEFAカップ」の決勝。相手は、イタリアの強豪、インター・ミラノです。第一戦を「1-0(シャルケのホームゲーム)」で勝ったシャルケが、PK戦を「4-1」で制して1996-1997年シーズンの「UEFAカップ・チャンピオン」に輝きました。UEFAカップは、ヨーロッパ各国の前年シーズンの上位クラブによる、「クラブレベル」のヨーロッパ選手権です(各国の前年シーズンチャンピオンは『チャンピオンズリーグ』に参加します)。ドイツにとっては久しぶりの「ヨーロッパ・チャンピオン」ということになります。その第二戦は、インターミラノのホームゲーム。場所はインターのホームスタジアム『ジュゼッペ・メアッツァ・スタジアム』です。観客は81675人。そのうちシャルケからかけつけたドイツ人は25000人でした。試合は、互いにチャンスをものにできず、残り5分というところまできました。そのまま終了すればシャルケがヨーロッパ・チャンピオンです。誰もが「このまま終わってしまうのか・・」と思ったとき、ドラマがはじまりました。ピストーネのスローインを、イングランド代表でもあるインスが流し、それをサモラーノが決めてしまったのです。これで試合は振り出しにもどりました(第一戦、第二戦の合計が「1-1」)。そして延長戦。そこでも決着は付かず、PK戦に突入です。最初のキッカーは、シャルケ、アンダーブリュッゲ。ドカーンと「1-0」です。ミラノの最初のキッカーは、サモラーノ・・・シャルケGKレーマンがストップ!!シャルケ二人目は、元ドイツ代表、オラフ・トーン。ビシッ!これで「2-0」です。ミラノの二人目、フランス代表、ジョルカエフが蹴ったボールは、正しいサイドに飛んだシャルケGKの手をかすめてゴール!!「2-1」。シャルケ三人目のマックスが決めて「3-1」。ここでミラノの三人目、オランダ代表、ヴィンターが外します。これで両チーム3人づつ蹴って「3-1」。シャルケの四人目、ベルギー代表、ヴィルモッツが決めればシャルケの夢がかないます。それも相手のホームスタジアムで・・・。ヴィルモッツ、シュート。ゴ〜〜〜ル!!おめでとうシャルケ04。

拙著『サッカー劇場へようこそ』が、5月22日から、ようやく店頭に・・・(1997年5月19日)

お待たせしました。拙著『サッカー劇場へようこそ』が、5月22日から本屋の店頭にならぶことになりました。内容については「著書コーナー」を参照してください。日本に、本当の意味でのサッカー文化を根付かせるための一助となる・・というコンセプトで書いた本。ほんとうに、そのことに貢献できるかどうか、ご一読され、ご意見をいただければ幸いです。

ブンデスリーガ(ドイツプロリーグ)を見てきました・・・(1997年5月5日)

ドイツ出張のときは、時間がなくても絶対にブンデスリーガの試合を見るようにしています。今回(4月18日-4月25日まで)も例外ではありません。それも、現在トップの「バイエルン・ミュンヘン」対、4位に後退してしまったとはいえ、ヨーロッパ選手権の準決勝まで進出した(この試合の後、準決勝でマンチェスター・ユナイテッドを下して決勝へ進出!!)前年度チャンピオン「ボルシア・ドルトムント」、また現在2位の「バイエル・レーバークーゼン(私の親友、クリストフ・ダウムが監督です)」対3位の「シュツットガルト」とのゲームです(第28節。ドルトムント-ミュンヘン戦は4月19日の土曜日、シュツットガルト-レーバークーゼン戦は4月20日の日曜日に行われました)。今シーズンの天王山ゲームですから見逃せるはずがありません。両ゲームのチケットはすでに数週間前に完売しているので、クリストフとローラントに頼み込んでチケットを手に入れてもらいました。最初の試合が、土曜日にドルトムントで、またレーバークーゼンの試合が、日曜日にシュツットガルトで行われたため、両方の試合を見ることができたというわけです。ドルトムント対バイエルンの試合を見た後、日曜日の早朝、ケルンからシュツットガルトまで450キロを移動したのですが、アウトバーンが空いていたこともあって2時間半で到着です。スピードメーターが「200キロ」以下になったのは数回。とにかくアウトバーンをブッ飛ばすのは快適この上ありません。ということで、レーバークーゼンチームが泊まっているホテルに入りました。そこで、試合前の緊張のなか、クリストフ・ダウム、ローラント・コッホと(この二人については『がんばれクリストフ&ローラント』コーナーを参照してください)旧交を温めただけではなく、彼らが考えている対シュツットガルト戦のゲーム戦術などサッカーに関する情報を交換しました。彼らは、ホームであるシュツットガルトの強力オフェンスに対して、穴(つまり、スペースを使うフリーな相手)をつくらないしっかりとした「マンマーク」から、カウンターを狙うというゲーム戦術を考えています。まあ、アウェーゲームですから当然の戦術なのですが、とにかく選手たちに戦術を徹底させることが彼らの仕事。緊張感とリラックスした雰囲気を同居させるなど、とにかく彼らは良い仕事をしていました。シュツットガルトのホームゲームであり、今シーズンにおける最も重要なゲームですから、ネッカー・スタジアム(シュツットガルトのホームスタジアム:70000人収容)は満杯。それもほとんどがシュツットガルト・サポーターです。レーバークーゼンにとって厳しい試合になることは目に見えていました。

ブンデスリーガ・・・試合レビュー・・・(1997年5月5日)

ドルトムント対ミュンヘン

さて試合ですが、まず土曜日に行われたドルトムント対バイエルンからいきましょう。ドルトムントは、ホームゲームだったこともあり最初からフルパワー。そしてゲームが始まって3分。フリーキックから、ドイツ代表のリードレが見事なヘディングシュート。ゴール!!順調な滑り出しだったのですが、その後がいけない。その2分後には、ミュンヘンのカウンターから右サイドを破られ、ピンポイント・センタリングです。それに合わせてヘディングシュートを決められてしまいました。1対1。その後は、バイエルンの確実でハードな守備に、ドルトムントは、押し込んでチャンスは作るものの、どうしてもゴールを割ることができません。逆に、アウェーのミュンヘンにカウンターから何度か決定的なチャンスを作られてしまいます。この試合のことは、シュツットガルトのホテルでテレビ観戦したクリストフ・ダウムとも話したのですが、とにかくミュンヘンの闘い方は、「アウェー」であることを考えた場合、非常にクレバーだったということで意見が一致したものです。さてこれで、ドルトムントとミュンヘンの勝ち点は「1」づつ増えました。ドルトムントにとっては、非常に悔しい引き分けだったとすることができます。これで、現在二位のレーバークーゼンが勝てば、ミュンヘンとの勝ち点差は「3」に縮まり、優勝も射程圏内ということになるのですが・・・。

ドルトムント・・ヨーロッパ選手権(チャンピオンズリーグ)決勝へ進出!!

今は「チャンピオンズリーグ」と呼ばれるヨーロッパ選手権ですが、それは、ヨーロッパ各国の前年度リーグチャンピオン、つまり各国の最強クラブチームによるチャンピオンシップです。日本では、前年度チャンピオンの鹿島アントラーズが参加するアジア選手権がそれに当たります。ドルトムントは、ブンデスリーガの前年度チャンピオン。つまりドイツを代表するクラブチームとして、このチャンピオンズリーグの準決勝まで進出しました。その試合が、4月23日の水曜日、イングランドのマンチェスターで行われたのです。準決勝までは「ホーム&アウェー」で戦います。第一戦はドルトムントのホームスタジアムで行われ、ドルトムントが「1-0」で勝利しています。そして雌雄を決する第二戦が、今度はマンチェスターのホームスタジアムである「オールド・トラフォード」で行われたというわけです。このゲーム、攻めに攻めたマンチェスターでしたが、前半に素晴らしいゴールを決めたドルトムントに最後まで守り切られ、結局二連敗ということで姿を消すことになりました。ドルトムントの気迫あふれる守備が目立った試合。クレバーなゲーム戦術の勝利とすることができます。もう一つの準決勝。ユーベントス対アヤックスは、これも二連勝したユーベントス(前年のトヨタカップチャンピオン)が決勝に進出しました。決勝が行われるのは、ドイツのミュンヘン。決勝の開催地は、ヨーロッパ連盟によって初めから決められています。地元のドイツで戦えるドルトムントに、非常に有利ということですが、素晴らしいチームワークで、現在世界最高のチームとの呼び声が高いユーベントス。ドラマチックな闘いになること請け合いです。このゲーム、日本のテレビでも中継されるはずですから、見逃さないようにご注意あれ!!

シュツットガルト対レーバークーゼン・・・試合レビュー・・・(1997年5月5日)

さて次は、トップのミュンヘンを追うレーバークーゼンの試合。その、シュツットガルト対レーバークーゼン戦が始まりました。極度の緊張のなか、何となくシュツットガルトの選手たちの固さが目につきます。ほとんどの選手が、キッチリとハードマークされていたからでしょう。最初のころはレーバークーゼンのシュートはゼロ。ただ押し込んでいるシュツットガルトもシュートまでいくことができません。パスをもらうために走っても、走ってもフリーになれず、だんだんとシュツットガルトの選手たちのフラストレーションがつのっていきます。それはそうです。普通ならば、ボールのないところで「フリーランニング(パスをもらうための動き)」すれば、いつかはフリーでパスを受けることができるものなのに、その試合に限って、どんなにフェイントを入れてスタートしても、まったくフリーでパスを受けられる状況にならないのですからね。とにかくレーバークーゼンの選手たちの集中力は群を抜いていました。そのゲーム戦術に、シュツットガルトチームがはまり込んでしまった序盤戦でした。そして前半終了直前、それまで2度ほどしかシュツットガルトのゴール前に迫ることができなかったレーバークーゼンが、一瞬のスキを突いたセンタリングからシュート。これが決まってしまったのです。一瞬、静まり返るシュツットガルト・サポーター。とにかくその沈黙は、それまで大歓声に包まれていたスタジアムを、一瞬のうちに暗黒の黒い霧が包み込んでしまったように感じさせるものでした。躍り上がって喜んでいるのは、ベンチのクリストフ、ローラント、控え選手たち、そして観客席の一隅に「押し込められていた」レーバークーゼン・サポーターたちだけ。異様な光景でした。さて後半が始まりました。ここまできて、情勢はもう誰の目にもあきらか。生き生きと積極的に、守備からのカウンターというコンセプト(ゲーム戦術)をベースにプレーするレーバークーゼンの選手たちに比べ、シュツットガルトの選手たちは、まるで「精気を抜き取られた」ように消極的になってしまっています。ボールのないところでの「動き(フリーランニング)」がまったく見られなくなってしまったのです。「なんだアイツら、まったく動かないじゃないか・・」。そんな声が観客席からも聞こえてきます。そして後半の30分、またレーバークーゼンが一瞬のスキを突いて右サイドから「ピンポイント」のセンタリング、ヘディングシュート。まさに絵に描いたような素晴らしいゴールでした。0対2。これで勝負は決まったも同然。その後シュツットガルトは「パワープレー」で一点をかえしたのですが、それも焼け石に水。ゴールできるような雰囲気がまったく出てこないままに試合終了です。とにかくレーバークーゼンの「クレバーなゲーム戦術」が光ったゲームでした。これでクリストフ&ローラントコンビの株も、また大いに盛り上がるに違いありません。いま、クリストフ&ローラントコンビは、ドイツ中の注目の的です。応援のやり甲斐があるとは思いませんか・・・。




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