トピックス


ジーコジャパン(10)・・日本代表について、サッカーマガジン別冊でこんな記事を発表しました・・(2003年6月13日、金曜日)

昨日発売されたサッカーマガジン別冊、「ジーコジャパンに言いたいことがある」で、下記のような記事を発表しました。既に雑誌が発売されたということで私のHPでもアップしておくことにした次第。

 期待と不安が相半ばするジーコジャパン。ジーコも、このところ、よりフレキシブル(柔軟)になってきていると感じている(だから観察する楽しみも増えてきていると感じている)湯浅なのです。

 では、かなり長めですが、サッカーマガジンの記事です・・。

============

 フ〜〜ッ。そのとき、ため息が出た。ジーコジャパンの初陣となったジャマイカ戦、後半32分に作り出された決定的シーンだ。中央ゾーンでボールをキープした10番のフラーから、左サイドをフリーで上がってきた24番のスカーレットにラストパスが通された。完璧フリーの左足シュート! 結局はスカーレットのシュートミスで事なきを得たものの、日本代表の守備ブロックが完全に崩された瞬間だった。

 それは、日本の中盤ラインと最終ラインの間隙スペースに入り込んだフラーにタテパスが通されたことからはじまった。うまくボールをコントロールして中央ゾーンへ切れ込んでいくフラー。最終ラインから飛び出してきた松田と、全力ダッシュでもどってきた稲本が協力プレスの輪を縮めていく。

 その直前、グラウンドの逆サイドでは、最後には重なり合う「ボールがないところでのドラマ」が展開されていた。最終的なシューターとなったスカーレットのオーバーラップ。彼は、様子を見ながら左サイドをスルスルと上がりつづけていた。もっとも近くにいたのは、中村俊輔。ただ中村は、ボールばかりに目を奪われ、フラーと、松田・稲本コンビがぶつかり合うゾーンへ引き寄せられていった。彼こそが、スカーレットを最後までマークしていなければならなかったのに・・。

 タテに空いたスペースへ、後方からオーバーラップする相手選手は、近くにいる選手が戻りながらマークしつづけるというのが原則だ。最終ラインの選手にとって、フリーでスペースへ走り込んでくる相手を、タイミングよく、正確にマークすることほど難しい作業はない。たしかに、スカーレットが押し上げるゾーンは名良橋の守備範囲だが、そのときの彼は、逆サイドから迫ってくるフラーの抜け出しを想定し、ヴァイタルエリア(ペナルティーエリア中央の半円ゾーン)をカバーするために中へ絞っていかなければならなかったのだ。それは、最初から想定された状況変化だった。だからこそ中村が、スカーレットをマークしなければならなかったのだ。しかし・・。

 ボクは、このシーンを見ながら思っていた。ダイナミックなポジションチェンジと、素早く広いボールの動きをベースにした攻撃を仕掛けながらも、次の守備でのバランスが崩れないような、高質で「自由」な中盤。そう、ジーコが志向するサッカーである。それを体現するための基盤は、やはり、選手一人ひとりに深く浸透した「実効ある守備意識」だ・・。

--------------

 テーマは「フリーハンド」ということで、ジーコジャパンへの提言を依頼された。さて・・。ただ、やはりこの段階だからこそ、中盤にテーマを絞り込むのが自然だな・・それも「黄金の四人」にスポットを当てた分析を・・ということで書きはじめた。何せそこには、攻撃と守備の両面で「バランス」のとれた能力が求められるミッドフィールダーという現代サッカーの根元的なテーマが含まれているのだから。

 黄金の四人・・。稲本潤一、小野伸二、中村俊輔、そして中田英寿。それは、1982年スペインワールドカップで世界を虜にしたブラジル代表のミッドフィールドカルテットにちなんで名付けられたことは周知のとおりだ。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、そしてトニーニョ・セレーゾ。彼らは、まさに「自由」に、攻守にわたって最高の中盤を形成した。そのジーコが日本代表の監督に就任したのである。そして彼の手には、フットボールネーションでチャレンジをつづける四人がいた。ジーコが、当時のイメージを踏襲した中盤カルテットを作り上げようとするのも自然の成り行きだった。

 「彼らには、ポジションを固定せずに自由にやらせたい・・」。そう公言するジーコ。それは、どんなに厳しい状況においても、自分主体で判断、決断し、勇気をもってリスクにもチャレンジしていかなければならないことを意味する。もちろん、攻守にわたる汗かきプレーも含めて・・。

 これまでに(原稿の締切は6月5日)、黄金の四人が揃ったのはジャマイカ戦とウルグアイ戦だけだった。

 ジーコジャパンのお披露目となったジャマイカ戦。内容は低調だった。相手は、チーム戦術的な発想レベルも含む総合力では確実に劣る。それにしては、ゲームをうまくコントロールできない。ボクは、攻撃と守備のバランスが十分に取れていないと感じていた。いや実際には、守備ブロックが安定しないから効果的な攻撃を仕掛けることがままならなかったという方が正確な表現だろう。

 ディフェンスの真の目的は、相手からボールを奪い返すこと。失点を防ぐというのは結果にしか過ぎない。そのボール奪取がうまく機能しなければ、ゲームをコントロールできるはずがない。逆に、それが安定していれば、攻撃にもダイナミズムが出てくるものだ。やはり、守備がすべてのスタートラインなのである。

 スピードアップし、よりダイナミックにポジションが入れ替わる現代サッカーでは、中盤の全員が、攻撃と守備の両方を効果的にこなせなければならない。そこには、守備をやらなくていい選手などいない。

 守備は、相手にボールを奪われた瞬間からはじまる。間髪を入れない切り換えから、相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)へのチェイシングやチェック、そしてそれを取り囲むカバーリング体制を敷く(プレスの輪)。その「守備の起点」をベースに、互いのポジショニングバランスを取りながら、臨機応変のマーキングや「読み」で次のボール奪取を狙う。簡単に表現したが、それら複数の守備アクションを有機的に連鎖させるのは難しい作業だ。一人でも、その有機連鎖アクションに乗らなかったら、守備ブロック全体が破綻することさえある。そう、冒頭の決定的ピンチのように・・。

 前を向いた「ボール絡みディフェンス」は、ターゲットが明確だから次をイメージしやすいし、モティベーションを高めやすい。それに対し、相手のボールがないところでのアクションまでもイメージした守備プレーは、そう簡単ではない。相手が狙うスペースをイメージできていなかったことでフリーで走り込まれたり、マークしていても、一瞬のボールウォッチングで相手が「消えて」しまったり・・。

 あくまでもサッカーは「パスゲーム」なのだ。だからこそ守備側は、ボールホルダーだけではなく、パスレシーバーのボールがないところでの動きも確実に抑えていなければならない。勝負は、ボールのないところで決まる・・。そのコンセプトには、長いサッカーの歴史が証明している普遍性がある。

 ボールがないところでの実効あるディフェンス。それは、相手の展開に対する鋭い読み(=守備イメージの描写力)と強い意志に支えられた忠実な守備アクションとも表現できる。ボクは、それを「守備でのスペース感覚」と呼ぶ。そこに、守備センスの差が如実に現れてくる。それこそが、冒頭で述べた「実効ある守備意識」の本質であり、守備ブロック全体のクオリティーを左右する決定的ファクターなのである。

 ジャマイカ戦では、ボール絡みだけではなく、相手のボールなしアクションもうまく制御できていなかった。だから次の攻撃も効果的に組み立てることができなかった。日本代表は、攻守にバランスを欠いていたのだ。

 試合開始早々に一点をリードされたジャマイカは、中盤からでもどんどんと勝負を仕掛けていく。ドリブル突破あり、ワンツーでの勝負コンビネーションあり、ロングパスからの一発勝負あり。特に、ボールがないところでのアクションがダイナミック。何度あっただろうか、フリーで決定的スペースに走り込まれてしまうというシーンが。

 ボクは、特に中村俊輔と小野伸二が、ボール絡みシーンに意識が吸い寄せられ過ぎていると感じていた。「直接的」なボール奪取ばかりをイメージした守備参加。それも、タイミングを失した安易なアタックを仕掛けてしまうことで、簡単にかわされて置き去りにされてしまうというシーンも目立つ。ウェイティングから粘り強く付いていかなければならない場面なのに・・。

 そして、ボールがないところでのディフェンス。次のパスをイメージできていても、寄せが遅いからアタックタイミングを失ってしまう。また、タテのスペースへ走り上がる相手選手を簡単に「行かせて」しまうシーンも目立つ。「後方」の人数が足りていれば問題はないが、タテへ抜け出そうとする相手をマークできるのが彼らしかいないという場面でも、簡単に行かせてしまうのだ。

 たしかに、ジャマイカの仕掛けイメージは稚拙だったから、そんな「マークミス」が目立つことはあまりなかった。行かせてしまっても、パスが回されない限りそれが表面化することはないのだ。また、そこにボールが送り込まれてピンチを迎えたとしても、結局は最終ラインのマークのズレということで片づけられてしまうことがほとんど。本当は、そんなボールがないところでの守備アクションこそが、中盤選手たちの「実効ある守備意識」を評価する上でのキーポイントなのに・・。

 もちろん中村と小野だけに、守備ブロック全体がバランスを欠き不安定になった非を負わせるわけにはいかないが・・。

------------------

 次に四人が揃ったのはウルグアイ戦だった。事前の合宿では守備中心のトレーニングがくり返されたと聞く。もちろんジーコも分かっていた。守備こそが全てのスタートライン・・それが安定しなければ、優れた攻撃も仕掛けられない・・。

 そんな事前の準備が功を奏したのだろう、ジャマイカ戦よりは欧州カルテットの守備パフォーマンスは安定していた。要は、稲本と小野が「より」守備に重点を置いてプレーしていたということだ。相手ボールホルダー(次のパスレシーバー)への素早いチェック、次のアタックターゲットの柔軟な絞り込みや、タテに走り抜けた選手に対する忠実なマーキングなど、守備プレーが有機的に連鎖する。特に稲本のダイナミックな実効ディフェンスが目立ちに目立っていた。これだけ中盤ディフェンスが安定していたら最終ラインも守り易かったに違いない。ただ逆に攻撃は・・。

 前半の日本代表は、守備が安定していたにもかかわらず、単調な攻撃に終始したのだ。それもそのはず。両サイドの名良橋、服部、また稲本と小野も、勝負のオーバーラップをほとんど仕掛けていかなかったのだから。これでは、タテのポジションチェンジという「攻撃の変化」を演出できるはずがない。また仕掛けドリブルなど、個の勝負も希薄。常に前を向いて対処できたウルグアイ守備ブロックが、ターゲットを絞った余裕の読みディフェンスを展開できたのも道理だ。

 ディフェンスを意識し過ぎ、攻守のバランスを欠いた日本代表。「次」の中盤守備に確信が持てないから、攻めに十分なエネルギーを注入できなかったということだ。

 ただ、中村俊輔に代わってアレックスが、小野伸二に代わって中田浩二が登場した後半は、攻守のバランスが格段に向上する。安定した中盤ディフェンスを基盤に、攻めでの鋭さが増幅していったのだ。特に、稲本潤一と中田浩二で構成する守備的ハーフコンビの、攻守にわたる機能性の向上が素晴らしかった。そのことで、この二人の「前後の動きのコンビネーション」だけではなく、両サイドの攻め上がりも活性化し、アレックスのドリブル突破というアクセントも効きはじめたのだ。

 実効ある守備意識に対する確信レベルの高揚。それこそが、日本代表の攻めに活力を注入したのである。

-----------------

 さて、中盤について思うところをまとめよう。それは、ジーコが志向する「ポジションにこだわらない自由な中盤」を形づくるためには、いまの欧州カルテットでは、攻守のバランスに問題が出てくるということだ。「実効ある守備意識」という視点で、このメンバーでは、攻守にわたってダイナミックにバランスのとれた中盤を構成するのは難しいと思うのである。

 まだ世界の一流というところまで到達していない日本代表の目標は、あくまでも、ワールドカップという世界の檜舞台で存在感をアップさせることだ。そのためには、やはり、基本的には攻撃的ハーフと守備的ハーフという、選手の能力タイプをうまくバランスさせた構成が現実的だ。それをベースに、徐々に縦横のポジションチェンジ(リスクチャレンジ)などの「自由度」を発展させていけばいい。

 いまの段階では、中田英寿と稲本潤一が、「前後」のキープレーヤーであることは衆目の一致するところだろう。攻守にわたる、上手さと力強さを兼ね備えた実効プレーは、中盤機能性のコアとして欠かせない。問題は、彼らの攻守ハーフのパートナーである。

 中村俊輔については、前述したディフェンス面だけではなく、攻撃でも、ボールをこねくり回すことで組織的な仕掛けリズムを分断してしまったり、ボールがないところでの「クリエイティブなムダ走り」が低調など、多くの課題を抱えている。たしかに彼は「上手い」。テクニックだけを見たら、かなう選手はそうはいない。ただそれは能力のほんの一面にしか過ぎない。上手い選手と「本物の良い選手」は、根本的に意味が異なるのである。

 また小野伸二にしても、まだまだディフェンスでの課題が見え隠れする。たしかに、ボールホルダーへのチェックやカバーリング、次のパスに対する読みでも安定したパフォーマンスをみせるなど、バランスのとれた守備意識は格段に向上した。それでも、勝負のスライディングでボールを奪い返すなど、「身体で止める」という泥臭いシーンは希。またボールがないところでのディフェンスもまだまだ甘い。要は、彼のところで相手の攻撃が「止まる」という雰囲気が希薄なのだ。

 ボクは、組織プレーをベースに仕掛けリズムをコントロールする中田英寿と、前でのディフェンス勝負マインドが強い稲本潤一のパートナーとして、ドリブル突破など、より個の勝負に優れた攻撃的ハーフと(もちろん高い守備意識は大前提!)、「潰れ役・汚れ役」など、より守備でのバランス感覚に優れ、攻撃でもある程度の仕事ができる守備的ハーフをミックスするのが最良の「選手タイプのバランス」だと思っている。

 攻撃では、組織プレーと個の勝負プレーを、より高いレベルでバランスさせるというイメージ。パサータイプばかりを揃えても、相手にとっては怖くない。また守備では、ボール奪取クオリティーと、ボールがないところでのマーキング&カバーリングクオリティーの高質なバランスというイメージだ。それを基盤に、徐々に「前後」のタスクをクロスオーバーさせていく。それが、現実的なチーム発展プロセスだと思う。

 ここでは、そのパートナーが誰なのかを特定しようとは思わない。重要なポイントは、ジーコが、「実効ある守備意識」という根本的な評価基準をベースに、中盤でのポジション争いというチーム内の競争環境を活性化しなければならないということだ。それによって、自然と緊張感も高まっていく。ジーコジャパンで今もっとも心配なのは、レギュラーとサブの分断によるチーム内テンションの低下なのである。

 もちろん、長く一緒にプレーすることで、攻守にわたって、プレーイメージのシンクロレベルを高揚させる(オートマティゼーションの向上)という考え方はある。しかし反面、そのことがサブメンバーのモティベーションを殺ぎ、結局はチーム全体の闘う雰囲気を減退させてしまう危険性も否めない。だからこそ、ジーコの「バランス感覚」が問われる。まあ、国内組のチカラも見直しはじめたジーコのことだから心配ないとは思うが・・。

 とにかく、キリンカップ、コンフェデレーションズカップを戦うなかで、おのずとジーコジャパンの実体が見えてくるはずだ。ボク自身の「学習機会」としても、大いなる興味をもって観察することにしよう。(了)

============

 いや、長い文章で・・。

 ここにきて、攻守にわたってパフォーマンスを上げてきた中村俊輔・・期待の若武者、大久保の台頭・・最終ライン選択肢の拡幅(?!)等々、見所が増えてきました。ジーコの采配も含め、とにかくコンフェデが楽しみで仕方ありません。もちろん、自分自身の学習機会としてネ。

 明日には、アルゼンチン戦、パラグアイ戦のビデオを見直すつもりです。前回レポートで挙げたテーマも含め、気付いたポイントがあれば分析するつもりですので・・。




[ トップページ ] [ Jワンポイント ] [湯浅健二です。 ]
[ Jデータベース ] [トピックス(New)] [ 海外情報 ]