The 対談


「The 対談」シリーズ_第11回目・・世界サッカー史に残るディフェンダー、ギド・ブッフヴァルトと守備について語り合いました・・(2006年10月8日、日曜日アップ)

「そうだよな、あの試合は完璧にドイツのツボにはまっていたよな。オレも、キープレイヤーだったサビチェビッチを(マンマークで)うまく消し去れたし・・」。

 「えっ!? あの試合でギドは、サビチェビッチをマークしていたのか・・」。そのとき、「そうか・・彼は世界のブッフヴァルトだったんだっけ・・」なんて再認識したりして。

 先日、浦和レッズ監督、ギド・ブッフヴァルトと夕食を共にしました。プロ監督とジャーナリストという立場ではなく、お互いサッカー人として、様々なサッカー談義に花を咲かせたというわけです。

 彼と夕食テーブルを囲んだのは、第24節エスパルス戦の数日後だったから、まだレッズは2位というタイミングでした。素晴らしく積極的で忠実なディフェンスが目立っていたレッズだから、そのテーマについてギドと話し合いたかったのですよ。

 ところで、冒頭の「あの試合」ですが、それは、1990年イタリアワールドカップの予選リーグ第一戦、ドイツ対ユーゴスラビアのことです。結局このワールドカップで世界の頂点に立ったドイツは、ダークホースの呼び声高かったユーゴスラビアを「4-1」で粉砕し、強さを誇示したというわけです。

 実は、そのときのユーゴスラビアの代表監督は、現日本代表監督のイビツァ・オシムさんでした。コレクティブなサッカーを目指すイビツァ・オシムさんは、並み居るユーゴの天才たちを同時に使うのではなく、しっかりと「プレイヤータイプをバランス」させる選手起用でチームを発展ベクトルに乗せていました。でも、本国のメディアやファンの評価基準(見てみたい願望の内容)は違う。上手さだけを基準にする彼らは、ボール扱いに特筆の才能を持つプレイヤーをベンチに置くイビツァさんのやり方に対して、不満をあらわにしていたのです。厳しい論調の記事を書きつづける多くのユーゴメディア。

 仕事がやりにくくて仕方ないイビツァ・オシムさん。それがワールドカップ本大会のグループリーグ初戦ということもあって、ドイツ戦では、本国のメディアや一般ファンの「願望」どおり、天才たちを同時に先発させたのです。もちろんそれは、組織プレーに長けたドイツにとっては願ってもないこと。動かずに足許パスばかりを要求する(また守備もお座なりの)ユーゴのボールプレイヤーたちは、ドイツの組織プレーによって、ことごとくグラウンド上から消し去られてしまったという次第。その一人が、ギド・ブッフヴァルトにマンマークされていた天才サビチェビッチだったというわけです。

 その後、(ユーゴが大敗を喫したことで)イビツァ・オシムさんが、バランスの取れたコレクティブなチーム作りを「外部ノイズ」なしに推し進めることが出来るようになったことは言うまでもありませんよね。そしてユーゴスラビアは、大会のなかで大きく成長し、準々決勝で、マラドーナ率いるアルゼンチンと伝説の大勝負を展開したのです(PK戦でユーゴが惜敗)。

 ドイツ代表を、自らのチームマネージメントのためにうまく活用したイビツァ・オシムさん。なかなかの策士です。ということで、そのときから既にギド・ブッフヴァルト監督とイビツァ・オシム日本代表監督は接点があった。いまでも、互いに認め合う「戦友」的な関係なんでしょうかネ・・。

 余談ですが、そんな天才連中のなかで先発メンバーに残り、トーナメントが進むなかで世界にその名を知らしめていったのが、言わずと知れたストイコビッチでした。攻守にわたる(汗かき)組織プレーにも長けた天才・・。日本サッカーに対しても、理想的なプレーイメージという視点で多大な貢献をしてくれました。まあ「そのこと」が、本当の意味で継承されているかどうかについては疑問だけれどネ。

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 ちょっと余談が長くなりすぎました。さて、ギド・ブッフヴァルトとの対話。そのキックオフテーマは、守備における「1対1の強さ」でした。

 選手時代のギドのパフォーマンスで印象深かったのは、1990年ワールドカップ決勝でマラドーナを完封したマンマークと、浦和レッズ時代に、当時レイソルで抜群のドリブルと得点力を誇っていたエジウソンにまともなプレーをさせなかったマンマーク。それについて話しはじめたのですが、その流れのなかで出てきたのが冒頭のサビチェビッチの話題だったというわけです。

 「サビチェビッチは、相当フラストレーションを溜めていたよな。イライラしていた。まあ、自分がイメージするプレーがまったく出来ないんだから、それも当たり前だよな。こちらは、天才肌の選手をイラつかせるのは、得意中の得意だからな」とギド。

 「ギドは天才をどうやって抑え込んでいたんだい?」という私の問いかけに対して、ギドが答えます。「まず、しっかりとスカウティングすることが基本だよな。ビデオを見て、相手のプレーの特長を把握するんだよ。イメージトレーニングということだな。相手の得意なプレーを観察し、そのタイプや勝負のタイミングなどを、しっかりとアタマに刻み込むんだ。もちろん、アクションを起こすときの身体の動きのクセなんかも、気がつく限り、しっかりと把握しイメージタンクに貯めておくんだ」。

 テーブルに運ばれたオードブルをスムーズに口へ運びながらギドがつづけます。「とはいっても、相手のプレーに対処するという意識が強すぎたら、受け身のリアクションになってしまう。相手のプレーの特長を把握するというのは、あくまでも、自分が主体になって積極的に仕掛けていくためなんだよ。マークしているときの間合いの空け方とか、どんな体勢で相手に自分を見せるのかとか・・。まあ、それは相手にパスを出させるという意図もあるわけだけれど、それも、相手がどのような体勢でパスを受けるかというところまで意識して、自分のポジションを調整したりするんだ」。

 ギドが乗ってきました。「もちろん天才肌の相手に対しては、まず何といってもボールに触らせないのが一番だよな。タイトにマークして、パスをカットしたり、まともな体勢でトラップできないようにプレッシャーを掛けるんだ。それでも、ボールをコントロールされたら、今度は振り向かせない。もちろん身体を寄せすぎたら、逆に回り込まれてしまうから、ピタリと身体を寄せると相手に感じさせ、次の瞬間には、スッと身体を離して、相手の次のアクションを先取りするんだよ」。

 「ほお、相手のアクションの先取りネ・・。それで、ギドはどうやっていたの?」と湯浅。「そのためにビデオでスカウティングするんだよ。相手のプレーの特長をイメージに叩き込むのさ。それと、実際のグラウンド上での失敗という学習機会もある。自分の予想を超えたプレーでマークを外されてしまうことだってあるわけだけれど、そこで学び、工夫をして、自分のプレーをグラウンド上で発展させていくという学習能力も重要なんだ。考えつづけることが一番大事なんだよ。もちろん、同じプレーでは二度とやられないという強い意志も重要だ。その緊張感が集中力を高めるからな。そんなプロセスの積み重ねが、相手のフラストレーションを倍加させるような効果的な守備になるというわけさ。相手は、コイツは二度と同じ過ちを犯さないと感じる。それだけで大きなプレッシャーになるというわけだよ」。

 「ところで、柏レイソルのエジウソンを完封したときのことだけれど、あの試合では、エジウソンに振り向かれてしまうというシーンが多かったと思うんだよ。でもギドは、正対したところから、エジウソンがドリブルで抜け出そうとする最後の瞬間に、ものすごく正確なタイミングのスライディングで、ことごとくボールを奪い返していた。そのときの印象は、本当に強烈だったよ。1998年のフランスワールドカップに臨む日本代表へのメッセージで、ギド・ブッフヴァルトのスライディングタイミングを研究せよなんて、どこかのメディアで書いたほどだった」。

 そんな私の問いかけに、ちょっと微笑んだギドが自信のコメントをくれます。「エジウソンの抜け出すタイミングは、その動作の細かなところまでしっかりと把握できていたんだよ。だから、エジウソンのボールを押し出すタイミングが、直前に正確にイメージできていたんだ。もちろん、正対したときの間合いも大切だったよな。その微妙なコントロールで、エジウソンがボールを押し出さざるを得なくなるように挑発できたからな。それが、受け身ではなく、攻撃的なディフェンスということの本当の意味なんだ」。

 なるほど、それが、ギドの言う「攻撃的なプレッシングサッカー」のイメージ基盤ということなんだろうね。攻守にわたる徹底したハードワークから積極的にボールを奪いにいくというのは現代サッカーの「不可逆的なトレンド」。その意味で、ギドやイビツァ・オシムさんが日本サッカーに対して放散しつづけるメッセージの効果はものすごく大きいと思っている湯浅なのです。

 「そんな、積極的で強い1対1を積み重ねていくことがディフェンス強化のエッセンスということなんだろうね・・」。そんな私のまとめアプローチに対し、「いや、やっぱりグループとしての効果的な守りがあって初めて1対1の強さが活きるんだよ」と、即座に言い換えるギドだったのです。

 要は、局面での勝負は、グループでのボール奪取アプローチという枠組みの一環だということです。もちろん、完全に個人プレーの勝負でボールを奪い返してしまうというシーンもあるけれどね。

 実際のボール奪取勝負へ至るまでには、チェイス&チェックという守備の起点プレー、その周りでのインターセプト狙い、トラップの瞬間を狙う微妙なポジショニング(間合い)のマーキング、協力プレスの仕掛け、そしてボールがないところでのマーキング(相手の展開パスやロングパスを制限するディフェンス!)などなど、多くの守備ファクターを有機的に連鎖させなければならないということです。

 味方のカバーリングがしっかりしているからこそ、確信をもってボール奪取勝負のアタックを仕掛けていける・・味方の、相手ボールホルダーへのチェック(制限)がしっかりとしているからこそ、インターセプトを狙ったり協力プレスへ急行できる・・ってな具合なのです。

 「そう、そういうことなんだよ。とはいっても、1990年ワールドカップの決勝では、まだボールを持っていないマラドーナに対するオレのマーク自体が守備の起点という機能を持っていたけれどね。周りのアルゼンチン選手は、みんなディエゴ(マラドーナ)を探していたからな」。フムフム・・。

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 そんな話しの展開だったから、必然的に、いまのレッズの失点の少なさを話題にせざるを得なくなっていくのですよ。何せ、ギドと対話をした第24節が終了した時点での失点数が、まだたったの「18点」だったからね(このコラムをアップする第26節が終了した時点でも19点)。失点数で二位につける清水に「10点」もの差をつけている。

 これは、サッカーマン同士のプライベートな対話だから、極力レッズのことは話題にしたくなかったのだけれど・・。「まあ、いいじゃない。守備をテーマに話しているんだから、例があった方が話しやすいしな」と、ギド。そして、「まあ、いいか・・」ということになった次第。

 「ところで、グループでの守備戦術といえば、やっぱり、鈴木啓太と長谷部誠の忠実な組織ディフェンスというテーマは外せないよな。啓太の素晴らしい組織パフォーマンスについては、もう語る必要はないけれど、長谷部の主体的な忠実ディフェンスも見事だと思うんだ。一試合に何度も、50メートル以上も全力スプリントで相手ボールホルダーを追いかけて追い詰め、そして実際にボールを奪い返しちゃうんだからな。まあ、あまりメディアで注目されることはないけれど、オレは、そんな忠実な汗かきディフェンスこそが、ギドの言う、グループパフォーマンスの基盤だと思っているんだよ」。

 「もちろんその通りさ。長谷部については、ジーコのときから、代表チームに十分な価値を提供できる選手だって何度も言いつづけたからな・・」。

 その後も、トゥーリオのカバーリングやヘディング能力高さなど、いくつか個人の名前が出てきたけれど、結局は、GKや前線選手の守備参加も含めた全員の組織ディフェンスの成果だという結論に至った次第。

 ところで、昨日の(第26節)ジェフ戦だけれど、その記者会見で、ギドにこんなことを聞いてみました。「レッズの失点の少なさはダントツのトップだけれど、その背景要因について監督はどのように考えていますか?」。

 それに対して出てきた表現が、互いにカバーし合うなかでスペースをうまく消すことができていること・・(最終勝負シーンでは)最後の最後までしっかりとマークしつづけられていることや、最後の最後まで決定的な勝負のコースを制限できていること・・そのような基本がしっかりと出来ていること・・といったものでした。

 突き詰めたら、まさにその通り。そして、そんなクリエイティブで忠実な守備プレーを支える絶対的なイメージベースこそが、守備意識と呼ばれる「意志」なのです。

 「そうそう、そしてそれをベースに互いの信頼関係が高まっていくというわけさ。それがあって初めて、本当の意味の自由を謳歌できるということだな」。ギドが、美味そうにメインディッシュを口にしながら、『世界』を基準にした自分自身の体感を深層から掘り起こすかのように深く納得した表情を浮かべたものです。

 最後に・・。コラムを書き進めながら、やはり「小さなコトの積み重ね」というテーマを言葉に置き換える作業は簡単ではないと再認識していたことを書き添えます。

 例えば「チェイス&チェック」という汗かきアクションにしても、相手や状況によって、詰めの速さ、間合い、どんな体勢で?・・などなど、様々な要素が微妙に異なってきます。そしてその都度、言葉での表現ニュアンスも微妙に調整しなければならない。もちろんそこには、同時に「有機連鎖」する様々な守備プレーが重なり合っている・・。フ〜〜ッ、難しいネ。

 でも、決してめげることなく、サッカーの本質を表象する感覚的な言葉(キーワード)の開発にこれからも取り組むつもりの湯浅なのですよ。

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 注釈:主体的に(協力して)ボールを奪いにいくという守備イメージが有機的に連鎖するような高い守備意識がバックボーンにあるからこそ、最終ライン選手のオーバーラップや縦横無尽のポジションチェンジなど、次の攻撃にも大きな広がりが出てくる。ディフェンス(優れた守備意識)こそが、全てのスタートラインなのです。レッズが展開する、リスクチャレンジにあふれたプレッシングサッカー。それについては、以前にアップした、ギド・ブッフヴァルトとの「The 対談」を参照してください。



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